流量測定のトレーサビリティとJCSS
国立研究開発法人 産業技術総合研究所 寺尾吉哉
1. はじめに
本稿では,液体流量計について,正確な計測値を確保するために重要な計量トレーサビリティと,それを支えるための制度であるJCSS(計量法校正事業者登録制度)について述べる。併せて,計量トレーサビリティの基盤として産業技術総合研究所・計量標準総合センター(NMIJ)が所有する液体流量の国家標準設備についても解説する。
2. トレーサビリティ
2.1 計量トレーサビリティとはトレーサビリティ(traceability)という言葉を和訳すると「追跡可能性」,「可遡及性」となる。一般的に使われるトレーサビリティは,「製品のトレーサビリティ」と「計量トレーサビリティ」に大別される。
本稿で扱うのは,「計量トレーサビリティ」であり,
(1)計測器が国家計量標準に対して連鎖的に校正されることと
(2)不確かさが明確であること の2点を要件としている。「計測トレーサビリティ」,「計量計測トレーサビリティ」,「測定のトレーサビリティ」ということもあるが,同義語である。 もう一方の「製品のトレーサビリティ」は,「生産,処理・加工,流通・販売等の各段階で製品とともに製品に関する情報を追跡し,遡及できること」と定義されている。この場合の身近な例として,小売店で売られている牛肉のパッケージに記されている「個体識別番号」からその牛の生育履歴をたどることのできる牛トレーサビリティ制度が挙げられる。 2.2 計量トレーサビリティの必要性 重要な計測器に対して計量トレーサビリティを確立することは,その計測器を使用して正しい値を得るための基本となる事項といえる。どのような計測器も,定期的な校正を行わずして正確な値を保持し続けることは困難であり,とくに,流量計は経年変化が無視できない場合が多く,使用状況に応じた適切な校正の頻度を見極めることが大切である。 また,計量トレーサビリティが認証や認定の審査における要求事項となっていることも多い。品質マネジメントシステムの認証規格として多用される ISO 9001:2015 (JIS Q9001:2015)には,計量トレーサビリティについて,以下が規定されている。
測定のトレーサビリティが要求事項となっている場合,又は組織がそれを測定結果の妥当性に信頼を与えるための不可欠な要素と見なす場合には,測定機器は,次の事項を満たさなければならない。
定められた間隔または使用前に,国際または国家計量標準にトレーサブルである計量標準に照らして校正若しくは検証,又はそれらの両方を行う。そのような標準が存在しない場合には,校正又は検証に用いたよりどころを,文書化した情報として保持する。
(後略)
この規定は,ISO 14001(JIS Q14001,環境),ISO22000及び FSSC 22000(食品安全),IATF 16949(自動車産業),JIS Q 9100(航空宇宙産業),ISO 13485(医療機器産業),ISO 50001(エネルギー)など様々なマネジメントシステムに関する規格で準用されており,認証審査において,重要な測定結果に対する計量トレーサビリティが要求される根拠となっている。
この規定は,ISO 14001(JIS Q14001,環境),ISO22000及び FSSC 22000(食品安全),IATF 6949(自動車産業),JIS Q 9100(航空宇宙産業),ISO 13485(医療機器産業),ISO 50001(エネルギー)など様々なマネジメントシステムに関する規格で準用されており,認証 審査において,重要な測定結果に対する計量トレーサビリティが要求される根拠となっている。
3. 液体流量の国家標準
3.1 国家計量標準
前述のとおり,計量トレーサビリティを確立するには「計測器が国家計量標準に対して連鎖的に校正されること」が必要だが,この「国家計量標準」とは,それぞれの量の定義に従って各国が定めた最も正確な物差しである。我が国では,国立研究開発法人産業技術総合研究所・計量標準総合センター(略称NMIJ)が国家計量標準の設定とそれを用いた高精度の校正サービスを行っている。本章では NMI Jが液体流量の国家標準として保有する水流量の校正設備と石油流量の校正設備を紹介する。
3.2水流量
水流量の校正設備は,図1に示すように,0.002m3/h(2L/h)から12,000 m3/hまでの極めて幅広い範囲をカバーしている。いくつかに分かれている校正設備のうちの代表的なものとして,0.3 m3/h ~3000 m3/h の流量範囲で15mm~400mmの口径の流量計が校正できる設備の構成を図2に示す。校正方式は通液式静的秤量法を採用している。この方法では,被校正流量計を通過した水を転流器により所定時間の間,秤量計の上に設置された秤量タンク内に流入させ,秤量計で計測された流入質量を流入時間で除して標準質量流量を求め,さらに水の密度で除して標準体積流量を求める。この標準流量と被校正流量計の指示値とを比較することにより流量計の校正を行う。
全体の構成としては,地下には容量900 m3の貯水槽が配置されており,この水を揚水ポンプによりヘッドタンクに汲み上げる。ポンプは遠心型で定格流量は500 m3/hであり,流量に応じて7機の内の必要な台数を運転する。ヘッドタンクは容量150 m3で,試験管路の中の最も高い位置からヘッドタンク内の水面までの有効高さは18.5 mである。ヘッドタンク内部にはオーバーフローチャネルが設けられており,任意の流量での水位の変動は±0.5 mm以内に保たれる。ヘッドタンク内部の水は重力により試験管路に流入するため非常に安定な流量が得られる。試験管路内径(D)は15~400 mmであり,全ての管路に対して被校正流量計の上流に 100D 以上の直管を配置できるようになっており,軸対称の流速分布を持つ完全に発達した乱流という理想的な状態で流量計の校正が行える。被校正流量計の下流には流量調整弁があり,さらにその下流にはダイバータ付きの秤量タンク(容量 500 kg,5 t,50t)が設けられている。
さらに大きな流量範囲では,実用標準流量計を使用した比較法が用いられる。この設備は「高レイノルズ数液体流量校正設備」と呼ばれ,最大口径600 mmの試験管路に最大流量2000 m3/h で 70 ℃まで加熱した水を流すことができる。連続的な流れにより水用の流量計の校正を行う設備としては,世界最大である。
3.3 石油流量
石油用流量計の校正設備は,流量範囲によって大,中,小の3つに分けられる。それぞれの流量範囲と使用できる試験液の粘度範囲を図3に示す。石油大流量と石油小流量では灯油と軽油が使われており,石油中流量ではスピンドル油(重油相当の粘度)からガソリンまで,幅広い粘度範囲をカバーしている。
図4に鳥瞰図が示されている設備は,石油大流量である。ここでの校正方式は前述の水用流量計校正設備と同じ通液式静的秤量法である。前述のとおり試験液として灯油および軽油を用い,それぞれ独立した試験ラインを構成する。流量範囲はともに3~300 m3/hである。試験管路の内径は50~150 mmであり,ヘッドタンクは持たないが,脈動除去のために,同一性能である3台の遠心ポンプを同時運転する。ポンプの吐出流量をほぼ一定に保ったまま,複数の流量調整弁とバイパス管路により流量調整を行う点が,水用流量計流量計校正設備とは異なる。試験液温は液温調設備によって15~35 ℃の範囲の任意の温度に保たれる。流量計試験中の温度安定性は±0.05 ℃以内である。
灯油および軽油それぞれの試験ラインには,容量1 tと容量10 tの秤量タンクがあり,校正流量によって使用される秤量タンクを選択し,流量が3~30 m3/hでは1 t用の秤量タンクを,流量が30~300 m3hでは10 t用の秤量タンクを使用する。それぞれの秤量計には標準分銅が付属する。経年変化の影響を取り除くために,毎日秤量計を分銅で校正する。また,試験液の落下衝撃が秤量計に与える影響を低減させるために,流入量の増加に伴い流入量に相当する分銅を自動で取り外し,常に秤量計に最終流入量より若干少ない荷重をかける方法を採用した。また,秤量計が設置されている秤量タンク室では,防爆型の空気調和設備により年間を通じて室温が20±5 ℃以内(1日の温度変動は±1 ℃以内),相対湿度が40 %以上に制御されて,温度変動による秤量計のドリフトを防いでいる。
石油の流れを切り替えて秤量タンクへ一定時間石油を流入させるため用いる転流器には,独自に開発した二枚羽根式転流器(Double Wing Diverter)を採用した。
これは,ノズルから流出する自由噴流の非対称速度分布による影響を低減させるために,転流羽根の移動方向に対して垂直に並べた2枚の羽根を用いて,秤量タンク側へ流れを転流させる計測開始時と,バイパス側へ転流させる計測終了時に,転流羽根を自由噴流に対して同一方向に等速度で移動させるものである。これにより転流時間の不確かさは,他の不確かさ要因に対し無視できるほど小さくなった。
3.4 秤量法による液体用流量計の校正
前述のとおり,液体流量の国家標準においては,秤量法が最も多く用いられている。本節では秤量法による液体用流量計の校正方法の分類について述べる。
これまで述べてきたとおり,秤量法は校正対象の流量計を通過した試験液を下流に設置した秤量タンクに流し込み,蓄積した質量と流入時間から標準流量を求め,この標準流量と校正対象の流量計の出力から校正結果を求める方法であるが,静的秤量法と動的秤量法に大別される。静的秤量法は,秤量タンクへの流入を止めた状態で質量測定を行う。動的秤量法で,秤量タンクへ試験液を流入させつつ刻々と増加する質量を連続的に測定する。静的秤量法の方が不確かさの小さな校正が可能である。
静的秤量法は,さらに通液式と停止式に分けられる。通液式では,校正対象の流量計に対して連続的に一定流量で試験液を流しつつ秤量タンクの上部に設置したダイーバータ(転流器)や三方弁を使用して流れを切り換えることにより一定量の試験液を秤量タンクに取り込む 。一方,停止式ではバルブの開閉などにより秤量タンクに試験液を取り込むので,取り込み時間のみ流れが発生し,測定の前後では流れは停止している。通液式は測定の前後を通じて流量変動がないので,校正対象の流量計の出力を十分安定させることができ,また温度や圧力の安定性にも優れているため,NMIJ の校正設備では,通液式を採用している。停止式は比較的簡易な設備で可能であり,積算値のみを表示するタイプの流量計の校正に適している。
4. JCSS を基盤とする我が国の流量のトレーサビリティ体系
4.1 JCSS 制度
日本全体に対して,国家計量標準を頂点とするトレーサビリティ体系を確立するために,JCSSと呼ばれる制度がある。JCSSとはJapan Calibration Service Systemの略で,正式名称を計量法校正事業者登録制度といい,計量法に基づく校正事業者の登録制度である。
JCSS制度では,一般の顧客に対して校正サービスを提供する事業者に対して,独立行政法人製品評価技術基盤機構・認定センター(IAJapan)が第三者認定を行う。認定審査は計量法関連法規及びISO/IEC17025の要求事項に基づいており,国家計量標準へのトレーサビリティとともに,適切な校正設備・技術能力・品質システムがあることが客観的に検証されている。したがって,JCSSに基づいて認定された事業者(登録事業者)が提供する校正サービスは極めて信頼性が高い。
具体的にどのような登録事業者が存在するかについては,製品評価技術基盤機構のホームページに最新情報が掲載されている(http://www.nite.go.jp/iajapan/jcss/index.htmlまたは,検索サイトに「JCSS登録事業者」と入力して検索)。
また,計量法では,JCSS登録事業者のみが図5に示す「JCSSロゴ」を校正証明書に表示できることが規定されているので,JCSS制度に基づく校正の結果であることが容易に確認できる。さらに,国際相互承認(MRA)に対応した登録事業者が発行した校正証明書は,我が国国内はもとより国外でも通用する。
さて,流量と流速の分野におけるJCSSは2001年に開始された。初期はNMIJにおいて,流量・流速の国家計量標準が十分整備されていなかったことも一因となり,なかなか認知されなかったが,NMIJ の校正設備が充実し校正範囲が広がるにつれて登録事業者の数も増え,普及が進んでいる。現在,流量と流速の分野では,表1に示す登録事業者が存在している。また,図6 には年度毎の JCSS 校正件数を示す。前述のとおり2001年度の開始当初から2009年度までの校正件数の増加は鈍く,400件弱にしか到達しなかったが,2010年度から急速に増加し,2017年度には1600件を越え,さらに伸び続けると予想される。
表1に示した登録事業者のうち,水用流量計と石油用流量計の事業者が提供している校正サービスの範囲を,NMIJの校正範囲と共に示したものが,図7である。
図7(a)に示されるとおり,水流量のJCSS登録事業者は,0.002 m3/h(2 L/h)~6000 m3/hの広い範囲をカバーしており,実用的には十分でる。これに呼応して,JCSS登録事業者も幅広い流量範囲に存在している。
一方,石油流量(図7(b))では,図3に示されたように,NMIJの流量範囲の最大が300 m3/hと実用的にはやや小さく,また液種も一部の流量範囲においては灯油と軽油に限定されている。
このため,石油流量のJCSSにおいては,登録事業者において,流量範囲や液種を拡大できるような制度となっている。現在の石油流量のJCSS登録事業者が提供している校正サービスの最小流量は,0.000 02 m3/h(20 mL/h)である。
この値は,自動車用エンジンのアイドリング時の燃料流量をカバーするように設定されたとのことである。また,最大流量は 1800 m3/h とNMIJの最大流量の6倍に及んでいる。
また,近年,半導体製造装置,医療・製薬,分析機器等の分野で用いられる微小な液体流量に対するトレーサビリティ要求が高まっている。測定対象となる液体は,水,薬品の水溶液,アルコール類,溶剤であり,流量範囲は1mg/min~200 g/min(水の体積流量では60 μL/h~12 L/h)である。 これを受けて,流量・流速のJCSS制度でも液体用流量計(微小流量計)の技術的要求事項適用指針(JCT20850)が2018年4月に制定され,200 g/min 以下の流量範囲での液体流量計のJCSS校正事業の登録申請が可能な状態となっている。 4.2 JIS B7552 に基づく社内校正 前節で述べたとおり,JCSS 制度では非常に信頼性の高い校正サービスを受けることができるが,現場で稼働している全ての流量計に対してJCSS校正を行うことは,必要なコストや時間の点で現実的ではない。 この問題を解決するため,2011年にJIS B7552が改正され,規格名を「液体用流量計―器差試験方法」から「液体用流量計の校正方法及び試験方法」に変更するとともに内容が大幅に改められた。この結果,この規格に基づいて,液体用流量計に対し一般の流量計メーカやユーザが計量トレーサビリティの担保された校正が行えるようになった。 この規格とJCSS制度の関係を図8に示す。この規格に基づけば,JCSS登録事業者によって校正されJCSSロゴ付き校正証明書を付された流量計(又は,NMIJの依頼試験制度によって直接校正された流量計)を社内の実用標準として,現場で稼働している流量計を比較的簡易な方法で校正することができる。 本規格に規定された流量計の校正方法の一例として,パルス出力を持つ標準流量計で同じくパルス出力を持つ流量計を校正する方法を紹介する。この場合,図 9に示すように標準流量計と被試験流量計(校正対象の流量計)を直列に配管し,出力されるパルスを共通のゲート信号により積算する。このときの被試験流量計のKファクタは次の式で求められる。 Kf =(ρ/ρs)(I/Is)・Kfs ここに, Kf:被試験流量計の K ファクタ(Pulse/L) KfS:標準流量計の K ファクタ(Pulse/L) ρ,ρS:被試験流量計内及び標準流量計内の試験液の密度(kg/m3) I ,IS:パルスカウンタによって積算された被試験流量計及び標準流量計の出力パルスの数 である。ただし,通常はρ及びρS を個別に求めることはせず,両者の比(ρ / ρS )を流体の温度差と圧力差から計算する。 また,この校正結果に伴う不確かさを簡便に計算する方法も規格に規定されており,本規格に従うことにより,計量トレーサビリティの要件である「計測器が国家計量標準に対して連鎖的に校正されること」と「不確かさが明確であること」の2点を満たすことができる。 5. おわりに 以上,液体流量の測定を中心に,流量計に対するトレーサビリティと国家計量標準について紹介し,さらに我が国の流量のトレーサビリティ確立を目的としたJCSS制度とJIS 7552:2011(液体用流量計の校正方法及び試験方法)について述べた。本稿が読者にとって,各種液体の流量をより正確に測定したり,ISO9001等で求められるトレーサビリティ要求に対応するための一助となれば幸いである。
図 8 JIS B7552:2011とJCSS 制度の関係
図9 JIS B7552 に基づく流量計の校正の例
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