連載 パンデミックに対応可能な安定操業 -石油・化学工場での自動化の課題と解決策-

第12回 プラント操業でのDX化,AI活用のポイント

1.はじめに

前回は通常運転時において「プラントのスタートアップ/シャットダウンの自動化とパンデミック対策」についてについて解説しました。今回は「プラント操業でのDX化,AI活用のポイント」について解説します。

近年ブームとなってきたDX化(ディジタルトランスフォーメーション)とAI活用の視点は,プラント操業の自動化,システム化において欠くことのできないもので,今後も引き続き継続していくべき重要な課題と考えます。

DX化,AI技術活用での取り組みの現状とその方向性については,石油学会誌(『ペテロテック』)での座談会記事において十分に語られています1)。また,化学工学会では,DX化(AI活用含む)プロセス産業数社の事例概要が紹介されていて,デジタル技術の活用が鋭意取り組まれてきていることが報告されています2)。

そのような中本稿では,プラント操業において筆者が考える「今後取り組みに注力していくべきDX化,AI活用のポイント」について述べることにします。

図1に示すように,プラント操業では大きく分けて原料から製品製造,出荷の流れである「操業管理とオペレーション」,操業を安全に円滑に遂行していくためにプラント設備を維持管理する「設備管理と保全」の二つの業務機能が存在することはご承知の通りです。


図1 プラント操業における業務機能と関連システム


ここでは,自動化,情報技術活用(DX化,AI活用)の視点から,これらの二つの業務機能の中で取り組むべき課題について述べることにします。

 

2.操業管理分野でのDX化,AI活用の視点

2.1 操業管理/オペレーション分野での現状の問題点

操業管理とオペレーション分野で,自動化の状況とシステム連携の現状を図2に示しました。この問題については本連載の第3~7回に亘って,モード締めをキーとしたオペレーションの自動化と操業管理の革新として解説してきましたが,ここでDX化のポイントという観点からもう一度要約し解説することにします3~6)。


図2 操業管理/オペレーション分野での業務情報フローの現状


石油/化学工場での操業管理とオペレーションの自動化やシステム連携は決して進んでいるとはいえません。

操業管理とオペレーションの機能連携については,図2の破線で表されている部分は手動を意味しています。オンサイト(連続プロセス装置)では紙や電子ファイルベースでの連携となっています。操業管理のスケジューリング結果を人が理解してオペレーションの指示をDCSで単一機器へ手動設定しているのが現状です。

また,生産・用役の実績管理としては,オンサイト(連続プロセス装置)では「日締め」処理しか行われていません。この定時での日締め処理は,財務管理用の生産実績としては必須のものであり,それなりの役割を果たしていますが,締め処理が日締めだけということが,生産管理,用役管理での操業の見える化とその精度およびリアルタイム性の面から大きく足を引っ張っていることは本連載でも述べてきたところです3)。

操業管理情報をもっと精度を上げてかつリアルタイムに見える化し,用役ロス回避,生産調整を迅速かつフレキシブルに行えるシステム環境を強化することがDX化のポイントと考えます。

2.2 操業管理,オペレーション分野でのDX化の具体的な手法

(1)ワークをキーとした操業管理,オペレーションの自動連携

すなわち,ワークをキーとした操業管理機能と連続装置のオペレーション機能の自動連携の姿を図3に示しました。以下に連携の重要性と実現方法について説明します。


図3 操業管理/オペレーションでのDX化推進後の目指すシステム連携


連続プラントの運転において,スケジューリングの結果として出てくるものは,よく見ると装置への通油(フィード)の量やタンクの切替えといったバッチ操作(イベント操作)の指示,すなわち「モード切替え」指示となっていることがわかります。このバッチ操作ごとに運転モードが変わることは常識的に知られている事項ですが,それを情報化/システム化することは重要視されず置き去りにされてきました。

これらモード切替えのバッチ操作をワーク(仮称)と称して,たとえば通油量,通油タンク名,性状,切替え時刻等を情報化しておきます。それらの情報があれば,ワーク管理システムでその情報を元に,指定した時刻にタンク切替えを行い,通油量をDCS分散制御システム(Distributed Control System:DCS)へ指示を出すといったように,それほど難しくないシーケンスを生成させ,自動化できることは本連載で述べてきたとおりです3)。

これにより,モードごとの実績管理,すなわちこれまでできなかった計画/実績比較が実現できることになります。このモード締めこそがDX化での重要ポイントであり,操業管理,用役管理の精度向上と見える化を解決するキーとなります。また,日単位の締め処理に加え時刻締めを追加することがリアルタイムの見える化にとって重要となります。

(2)情報連携(IoT)の強化

操業管理とオペレーション分野での業務情報フロー分析を行うと,情報アイランドという古い表現を思い出さずにはいられません。システム化が進んできた現状においてさえシステム間の情報連携が十分ではない状況があり,以下にその内容を解説します。

①スケジューラでの情報連携

スケジューラではタンク在庫情報等入力情報等,手入力が多いのが現状です。また,上位LPとのモデル式のマッチングの自動化も未整備となっています。スケジューラを使いやすくするためのデータ連携はこれからのDX化の重要ポイントと考えます。

②オンサイトオペレーションのワーク化によるオフサイト連携

オフサイトすなわちタンクヤード・入出荷関連システムでは,現在,ほとんどのオペレーション操作がジョブとして扱われ,ジョブ単位の自動化(バッチ)が実現しています。

オフサイトでのタンク切替えは,オンサイトでのモード切替えと同期しているケースがほとんどです。すなわち,オンサイトワークとオフサイトジョブを自動連携させることが可能となり,省力化・安全性向上だけでなく,切替えロスを回避等の経営効果も合わせて期待できます。

(3)操業PDCAのためのDX化と全社操業情報連携

図4に示すように,これまでの財務会計のために開発されたシステムを使うしかなかった状況から,操業PDCAのための管理システムを付加することで,これまでできなかった操業の計画実績比較(運転モード計画/実績比較と言い換えることができる)をはじめ操業状況の見える化が可能となり,需給変動,装置トラブル等への計画変更等への迅速な対応が可能となってきます。


図4 DX化による全社操業の効率化/需給情報センタ化の目指す方向


また,工場での操業状況のリアルタイムな情報を本社へ集約し全体把握を行い見える化することは,需給調整の迅速かつフレキシブルな対応につながり,大きな経済効果が期待されます。

3.プラント操業でのAI活用のポイント

3.1 需要予測へのAI活用

本社でのLP,製油所/工場でのスケジューリングでは需要予測が重要な入力データとなります。図5に示すように,本社サイドでは月・期・年といった長期需要予測,工場サイドでは日・週といった短期需要予測が必要となります。現状は,過去のデータから統計的な手法等を活用して需要予測を行っています。季節変動,気温や風雨等の気象変動,休日,連休等のイベントでの需要変動を,AIが過去のデータから学習することで,より精度の高い需要予測が期待されます。


図5 操業管理分野でのAI活用の視点


3.2 スケジューリング作業のAI支援

在庫と需要予測(入出荷予定を含む)から生産スケジュールを組み立てる作業は,製油所・工場にとってロスを発生させないためにも重要な部分であり,現在手作業で行っています。スケジュールそのものは工場内の生産工程を全て手入力し,試行錯誤しなければならないことは避けて通れません。

その作業で留意されているのは,原料と製品タンクの入と出のバランスで,量の不足や過剰生産によるタンク在庫オーバフローを回避することになります。過去のスケジューリングの事例(在庫と入出のバランスのパターン)を学習させることで,AIによる自動スケジューリングが可能になってきます。人によるチェック訂正は残しておくとして,面倒な最初のスケジュールの手入力作業をなくすことができ,業務が効率化され,よりよいスケジューリングが期待できます。また,タンク繰りもAIが支援できる分野ですが,ここでは詳細は割愛します。

3.3 ボードオペレーションのAI支援

ワークをキーとしたオペレーションの自動化が組み込まれると,オンサイトのボードオペレータもワークの開始・終了の指令を行い,自動シーケンスの成り行きを監視する形となり,大幅に作業量が削減されてきます。

このように連続プロセスのオペレーション業務の流れ・ルールをワークのバッチ的フローとしてシステムが理解できる情報に加工することは,業務ルールの「見える化(形式知化)」と言い換えることができます。これにより図5に示すように,パターン化された運転モードとその実施結果のデータをAIが学習できるようになり,切り替え状況とその後の運転状態の高度な異常診断が期待できます。

3.4 ソフトセンサ,機器診断および最適化へのAI適用の有効性

統計的な処理や学習によって答えを出すAIと比較して,ファーストプリンシプル(第一原理:First Principle)を活用して開発したソフトセンサに対して,AIを活用してより有効に改良できた事例があります6,7)。

また,機器の状態監視,パフォーマンス診断の1つとしてとして,図6のFCC装置のKPIの見える化も収率への重要因子となり,AI学習をより効率的で適切なものとすることができます。


図6 オペレーション分野におけるAI活用促進の視点


さらには,近年最適化手法も進展してきており,いくつかの分野でAI技術と組合せた最適化システムが開発され実用化されています。図7はAI(Artificial Neural NetworkでのDeep Learning)を活用した石油精製での装置組み合わせ連携(A:常圧蒸留装置とB:減圧蒸留装置)最適化のためのモデリング手法の事例を示しています8)。


図7 装置組合せ連携最適化のためのAI(Deep Learning)モデル


ここでのファーストプリンシプルはシミュレータで,合わせて実運転データを使ったAIモデルが活用されています。AIモデルにより高速計算が可能になり,高速収束のMINLP(Mixed Integer Non Linear Programing)最適化計算手法に組み込みが可能となった事例です。

 

4.設備管理分野でのDX化の視点からの問題点と解決策およびAI活用のポイント

4.1 設備管理分野でのDX化の視点からの問題点

プラントの静機械分野の設備管理スタッフの業務では,主にLABO分析値でプラントの流体内の腐食劣化因子を把握し,配管等の設備の減肉度合いを含めた腐食劣化の推定が行われています。

この場合のデータ収集作業に関しては,図8に示すように,減肉測定データは検査情報システム,流体内の腐食因子分析データはLIMS(Labo. Information Management System),流速や圧力はヒストリアンシステム(「PI」,「PHD」,「Exaquantum」等)から収集しなければならず,かなり非効率な状況にあると言わざるを得ません。さらに面倒なことには,各種チャート類,たとえば硫化水素濃度による材料毎の腐食率に関わる情報は紙のままです。減肉等の劣化を推定する業務は重要であるにも関わらず,いろいろなシステムや書籍からデータを入手しなければならず,情報システムによる支援はほとんど整備されていない状況となっています。


図8 設備管理分野でのDX化,AI活用のポイント


4.2 設備管理分野でのDX化のポイントとAI活用

4.1で述べた問題点に対しての解決策は,データの集約化/同期化と各種チャートのデジタル化(関数化)が有効であると考えます。

図8に見るように,腐食劣化に関連する変数データの集約化/同期化DBとは,運転データ,オンライン分析データは分単位,LABO分析データは数日間隔,減肉データは年間隔と異なったシステム内での異なった周期のデータについて,これらを時間軸で整合化して一元化することを意味します。

各種チャートの関数化とは,これらをデジタル化することです。デジタル化が必要なチャート類の一部を例として表1に列挙しました。


表1 設備管理業務効率化のためのデジタル化(関数化等)が必要なチャート,推定式の例


このような解決策により,情報収集作業,腐食劣化減肉に関連する変数間の解析作業効率が各段に向上してきます。ここで解析ツールとして,一般的な統計解析に加え機械学習が可能なAI機能を搭載した解析支援システムを備えることで,推定精度の向上を図ることが期待されます。

なお本件の詳細は,本誌文献9),10)を参照下さい。

 

5.おわりに

今回は,DX化,AI活用の視点から,操業管理とオペレーション分野,および設備管理分野での主なDX化の方向を示し,その中でのAI活用が期待される主要課題を挙げて解説しました。

次回は最終回として,「プラント操業での自動化/DX化課題まとめと実現へ向けた進め方(連載を終えて)」について解説します。

 

〈参考文献〉

1)「石油業界AI,IOT化に向けた取組み(座談会)」,『ペテロテック』,第43巻,第10号(2022)

2)経営システム研究委員会 梅田富雄:「化学関連産業のDXと適用事例(実践へのアプローチと具体的な適用事例)」,『化学工学』,第83巻,第7号(2019)

3)本田達穂:「連載;石油・化学工場での自動化の残された課題と解決策」,第3回~7回,『計装』,Vol.65,No.8~12(2022)

4)本田達穂:「特別記事;石油石化プラントでの残された課題と解決策」,『計装』,Vol.64,No.7(2021)

5)本田達穂:「残された自動化の課題と今後の対応策」,『2020計装制御技術会議資料(日本能率協会主催)』

6)本田達穂:「IoT/AIを活用したプロセスオートメーションの将来像」,『計装』,Vol.63,No.1(2020)

金子弘昌:「プラントで人工知能を活用する為の3つの重要ポイント」,『JPEC主催製油所安定最適化勉強会資料(2018,9,5)』

7)加納学:「データ解析と専門知識の統合活用によるプラント運転支援」,『JPEC主催製油所安定最適化勉強会資料(2018,9,5)』

8)渡部高司:「AIを用いた原油蒸留の最適運転支援ソフトiCDUの紹介」,『2019蒸留フォーラムテキスト』

9)本田達穂:「実用的なプラント腐食汚れ予知予測支援システム実現へ向けた提案」,『計装』,Vol.64,No.3(2021)

10)本田達穂: 「特別寄稿;プラントの高度保安と長期連続運転へ(新たな視点からのデジタル技術活用と自動化の課題」,『計装』,Vol.65,No.1(2022)

Eテックコンサル 本田達穂


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