【巻頭概論】
生産現場における リモートモニタリングの動向と課題
1.はじめに
化学プラント計測の黎明期では現地計測により日々の運転管理が行われていた。当時プラント設備に直接取り付けられた計測器の指示を読み取るには現地に行く必要があった。そこで1940年代頃には,次第にプラント設備から指示計までの導管を計器室へ引き込んで圧力計などの指示を遠隔で読み取る工夫がなされるようになった(写真1)。まだモニタリングできるのは一部のプロセス情報のみではであったが,これが化学プラントにおけるリモートモニタリングの始まりである。
1920年代に米国の石油精製プラントで既にプロセス制御の萌芽が見られたが,当時国内ではまだ現地バルブ操作により調節が行われていた。その後,空気式伝送器の普及により,製造装置で計測された圧力や差圧などは,現地で標準空気信号圧(19.6~98.1kPa)に変換されて空気導管により情報が伝送され,計器室では通称パネル計器と呼ばれる指示計でより多くの情報をモニタリングできるようになった。
自動弁とPID制御機能を持つ指示調節計を用いた制御ループも組めるようになった。その後,防爆性能が進歩して伝送器は電子化され,伝送信号も標準電気信号(4-20mA)に置き換わってきた。さらに今では電子化されたパネル計器の多くはDCS(Distributed Control System)やPLC(Programmable Logic Controller)により集約化されている。
一方,多様な産業用通信規格が現れ,通信方式も多様化している。近年では無線計装の出現により,数百m離れたタンクヤードなどとも長い配線敷設を必要とせずに,通信することが可能となった。また,ネットワーク技術の発達により,事業所のエリアを超えたリモートモニタリングも行われている。加えて産業用機器や制御システムのベンダからは,リモートモニタリングサービスも提供されている。
2.リモートモニタリングにおける話題
リモートモニタリングに関して,近年様々な技術の進展が見られるが,ここでは下記3点について触れる。
1)無線計装
2)IoT・ユビキタス技術
3)広域NW(ネットワーク)利用
1)については,原料タンクヤードなど遠距離通信したい場合や,一時的な観測のために現地に計測器を仮設する場合,あるいは移動体通信などに便利である。配線工事を伴わないことで省コストと工期短縮を狙える利点があり,徐々に適用が進んでいる。
留意点としては,1つには現地計器の定期的な電池交換が必要であることである。電池寿命は電池容量とデータサンプリング&伝送周期に依存し,交換周期を2,3年以上にするためにはデータ収集周期は通常1分程度に抑える必要がある。しかし,最近エネルギーハーベスト技術が商用レベルに達し,同技術を搭載した無線計装計器が市販されるようになり,この課題は克服されつつある。
また,サイバーセキュリティ対策としては暗号化や認証によるアクセス制限などが行われているが,昨今のサイバー攻撃の高度化を鑑みて,より強固な対策が必要となってくると見込まれる。無線計装ゲートウェイで現状よく用いられるOPC通信もClassicからUAへの移行が望ましい。
その他の懸念事項として,通信の信頼性を損なう通信障害要因などもある。たとえば,無線計装の多くは2.4GHz帯域が用いられていて,近年しばしば発生している異常な集中豪雨時でも,遠距離通信で通信障害を発生することなくデータ伝送できるか気掛かりではある。しかしISA100WCIの見解では,降雨の影響は問題ないとされている。
上記をはじめとしたいくつかの懸念材料を鑑みると,高い信頼性を要求される場合は,現時点では有線を選択する方が無難である。今後も有線が全て無線に移行していくというよりは,適材適所に使い分けられていくことになると思われる。
2)については,多数のセンサをプラント装置に取付け,1)と組み合わせて振動,圧力,温度など大量のデータを無線で収集するツールも登場している。IoTが産業用情報システムに浸透し,より大量のプラントデータを収集してモニタリングや解析に利用できるようになってきた。今後はユーザ側の用途開発が求められる。
3)については,既にプラント運転や装置・機器の状態を,制御用NWを越えて,プラントエリア外の遠隔地からもモニタリングできることが当然の世の中になっているという現実がある。しかし利便性向上の一方でサイバーセキュリティの問題も避けて通れなくなった。2017年12月にはSIS(安全計装システム)を狙ったHatman(Triton or Trisisとも呼ばれる)によるサイバーインシデントが露見した。計装に関するプラント安全の最後の砦である緊急停止システム/インターロックが侵害されるという深刻な課題が突き付けられた。
この件はユーザ側の管理上の問題も大きいが,セキュリティサービスプロバイダがオープンなかたちで制御系NWをモニタリングしていたことも要因の一つと考えられる。サプライヤなどが提供するリモートモニタリングサービスに対して,安易にオープンな制御系NWの直接接続を許すことはお勧めできない。ユーザは社内NWを越えた制御NWのリモートモニタリングについては,安易に利便性を求めずサイバーセキュリティに十分配慮する必要がある。
3.リモートモニタリングの通信技術
リモートモニタリングを支える基盤である通信技術も益々発展してきており,様々な産業用通信方式も生まれてきた。PROFIBUS DP,CC-Link,Modobus-RTU等様々なフィールドバスやHART通信も広く適用されるようになり,機器と制御システム間通信も容易になった。さらに計器や調節弁内のより詳細な情報も得られるようになってきた。一方でEthernet/IPをはじめPROFINET,EtherCAT等,多くの産業用イーサネットもシェアを拡大してきており,またワイヤレスも伸張してきている。
今後淘汰が行われてくることも自然の流れと思われる。生き残る方式の見通しは立てにくいが,ユーザは保全に配慮し,ローカル5Gの到来も見据え,動向に目を向けることも必要であろう。
4.おわりに
リモートモニタリングについては,今後も重要性が増し,ここで焦点を当てた点のみならず,新たに注目すべき技術や用途が生まれてくるものと思う。
また,単に生データや簡単な加工を施したプロセス量をモニタリングするだけでなく,大量の計測データをどう処理して活用していくかが重要になる。CBM(状態基準保全)やその先のPM(予測保全)への展開,大量のデータをもとに総合的なより高品質・高安定性を狙う運転ガイダンス提供など,AI活用も踏まえ期待は膨らむ。