【技術トレンド】
バッチプロセスの スマート化に向けたポイントとMES
1.はじめに
現在,国内のバッチプロセスで生産される化学製品は,以前に比べ多様化した消費者ニーズや,技術的進歩の著しい半導体業界ニーズに対応してきている。一方で,製品品種数の増大,製品製造方法の変更や追加,採用原料の改廃の激しさ,製造人員の減少により,製造現場は多大な負担を強いられているのが実情である。さらに,日本国内においては労働人口が減少してきており,ますます製造現場を維持しにくくなる将来が危惧されている。
そうした不安感や顕在化している問題に対応するために,製造現場ではスマート化に対する検討とその実現に取り組んでいる最中であり,その成果は様々なメディアなどで報告されている。
バッチプロセスをスマート化していくにはいくつかの難しさがあるが,将来にわたって競争力のあるモノづくりを維持向上し続けるために,それらを乗り越えねばならない。これらのスマート化ポイントはモノづくりの中核に据えることが重要で,製造実行管理システム(MES:Manufacturing Execution System)に機能を実装することが適切であろう。次章にて,スマート化のためのポイントを述べる。
2.バッチプロセスのスマート化のためのポイント
バッチプロセスは主に次に述べる3つの理由により,制御レベルの自動化だけではスマート化の恩恵を受けることが難しい。
●「製造設備操作の複雑さ」
1つの製造設備を使って複数品種の製品を製造することが一般的である。そのため,製造設備そのもの,設備の動かし方,操作の手順が複雑になる。また,製品の追加や改訂も多く,手順の自動化,固定化への取り組みは難しくなる。
●「手作業の多さ」
使用する原材料の種類が多いうえに,サプライチェーン変動に伴う改廃も多い。そのために原材料を製造設備に仕込むための常設設備をそろえることが難しく,手作業を行わざるを得ない。また,品質が重要視されるために,製造途中におけるサンプリングと性状検査,検査結果に伴う後工程の変更を必要とする製品も多い。
●「紙媒体管理の多用」
現場の作業手順やその実績管理,各種チェック作業では紙媒体が多用される傾向にある。当然,現場における目視で読み取ったデータの記録や,気づきのメモなど,手書きの有用性が高い局面も多くある。その一方で作業手順書を紙面で準備したり,データを書き写したりする作業は削減したいし,転記ミスや紛失,情報の散在も解消したいところである。
このように,バッチプロセスは制御レベルの自動化だけではスマート化の恩恵を十分に受けられないため,対象範囲を 明確にするとともに,DCSなどの制御装置の動かし方,人が行う作業を,適切な量と内容にしていくことが必要となる。 当社YOKOGAWA(以下,YOKOGAWA)は,バッチプロセススマート化のためには,経営と製造現場をデジタルデータで直結して生産における意思決定と製造実行を連動させ,かつ,人の作業をできる限りシステム化する必要があると考えている。また,不確実性の高い未来に向けては,モノづくりを強靭化し続けていけることもシステムに要求される重要な項目と捉えている。その具体的な要件を4つのポイントとして提示する。 1)情報の流通度が高いこと これから将来に向けては人員確保が困難になり,それに伴って技術伝承もさらに難しくなるため,作業者にとってわかりやすい形で適切な情報を的確なタイミングで提供するシステムにしておきたい。 手書きでのデータ採取における,記入ミスや漏れ,データ改ざんを防止するためには,システム化が望ましい。そのうえで,必要に応じて部署やシステムをまたいだデータや情報の流通を実現しなければならない。 2)ユーザコンピューティングに対応していること 製品の改廃回数の多さにシステムで対応する場合,容易にシステム上でモノの作り方を変更でき,動かせることが必要となる。可能なかぎり,モノづくりに携わる人員が直接システムを扱えて,改廃対応できる形がよい。 3)非構造化データの蓄積と活用ができること 労働人口の減少に伴い,新人や若手へ製造ノウハウを伝授する教育係も減少する。知識やノウハウが込められた画像や映像,テキストといった非構造化データを活用することが有効である。これらのデータは,モノづくり作業中の必要とするタイミングで閲覧できることが必要であろう。 4)製品ライフサイクル視点があること 製品ニーズを超えた新しい機能をいち早く使える形に実現していくことも,競争力維持強化のためには重要である。そのためには,過去の製造経験を生産技術に活かし,新製品における研究開発段階から量産段階までの期間を短縮することを考えなければならない。モノづくりの実績データ,実績情報を活用できる仕組みが必要となる。 YOKOGAWAは,本章で述べたスマート化ポイントを搭載したMESである「OpreX Batch MES C1-T1」(以下,本MES)を本年10月にリリースした。次章にて本MESの機能の概要を説明する。 3.バッチプロセススマート化を実現するためのツール 前述の通りMESはモノづくりの中核に位置付けられ,図1のように,上位システム(ERP・スケジューラ)とDCS(Distributed Control System)や作業員の間を取り持ち,製造の実行,進捗の管理,実績の収集を行う。その具体的な働きは,次の通りである。 ・上位システム(ERP・スケジューラ)から原料入荷情報や生産計画情報を受信する。 ・原料入荷情報を原料在庫データとして管理し,製造実行時に引当処理を行う。 ・受信した生産計画情報を基に製造指図を作成する。 ・DCSへ処方やパラメータをダウンロードする。作業員には作業指示を発行する。 ・製造工程全体の工程をDCSや作業員と連携して管理する。 ・DCSや作業員から結果データを収集し,製造指図ごとに整理・管理を行う。 ・製造実績を在庫データに反映し,上位システムへ実績データを送信する。 以下,前章で掲げたバッチプロセススマート化のためのポイントごとに,本MESで実現および実装した特徴を紹介する。 情報の流通度に関しては,MESとして当然備えておくべき上位システムおよび制御システムとの連携機能のほかに,MES 以外の情報管理システムとの連携機能を搭載している。 機能性化学製品はその機能とともに品質が重視される。昨今では,製品ユーザが購入した製品の品質と,品質が作り込まれた過程を重視する傾向が強く,品質データと製造データのトレーサビリティを要求されるケースも増えてきている。このニーズに対応するため本MESでは,LIMS(Laboratory Information Management System)との連携を可能とした。 また,MESを長く使っていくと実績データが蓄積されていくが,その実績データを解析することで隠れている知見や見識を見出し,モノづくりをさらに強靭化していくことも可能である。本MESでは,YOKOGAWA製データ解析ツール用インタフェースが使用可能である。 続けて,ユーザコンピューティングへの対応の必要性と手段を紹介する。 仕様・文書管理機能における最重要の要素として「処方」が存在する。また処方の中で手作業に関する重要な要素として「SOP(Standard Operating Procedures)」が存在する。 処方とはある品目の製品を製造するプロセスが ・どのような工程から成り立っていて ・工程と工程がどういう順序でつながっていて ・その工程にはどのような原材料や指示情報が入力され ・その工程ではどのような成果物や実績情報が出力されるか といったような情報を定義したものである。 SOPとは指図全体またはこれら工程単位で,確認や作業や記録採取といった処方で表現しきれない詳細な手動作業のステップを定義したものである。 SOPを紙媒体や電子ファイルで運用していると,実行の確実性や記録の保全が困難であり,カスタムメイドのプログラムとして運用していると,新品目や手順改訂への対応が困難である。 新商品を開発試作してから処方や作業手順を開発し,その都度システムベンダにMESの改造を発注していては,新商品を一刻も早く上市するという目的を果たすのは困難である。 そこで本MESではローコードプラットフォームを採用し,MESの動作を変える三つの定義をユーザ自身で変更できるようになっている。 一つ目は「処方定義」,二つ目は「SOP定義」,そして三つ目は「画面定義や判断ロジック定義」である。 どの製造現場にも競争を勝ち抜くための優れた製造ノウハウが存在し,処方やSOPに加えて意思決定のための固有な判断ロジックや判断要素データとしてルール化されている。判断ロジックには,判断要素データから演算できるほど成熟している場合も,人間による総合的な判断が必要な場合もある。 YOKOGAWAは本MESにローコードプラットフォームを採用し,図2のように自動決定するための固有の判断ロジックを作り込むことも,人間が判断するための画面に固有な判断要素データを追加することも可能とした。 続けて,非構造化データの蓄積と活用を実現するための手段を紹介する。 処方や手順の改善が常に求められる中,製造現場の操業上の経験やノウハウといったナレッジの共有と活用が重要である。しかし,それらは文字や数値にしにくく,ローカル管理されることが多いため,情報が散逸し組織をまたぐ共有が困難である。そこで,本MESには,製造現場の製造ノウハウや知見が込められた映像・画像・メモの蓄積が実現できるナレッジベース機能を備えた。 ナレッジベース機能には,大きく分けて二つの使い方がある。 一つ目は,SOPに従って実際に行った作業の映像・画像・メモの記録をエビデンスとして保存する使い方である。 二つ目は,製造に関わる現場の様々な公式・非公式のノウハウや気づきが込められた映像・画像・メモを,本MESの各種画面で作業する際にノウハウ情報として参照する使い方である。 図3は,ベテランオペレータが作業手順書だけでは伝わりづらいナレッジを登録すると,作業画面に適切なナレッジが適切なタイミングで表示される流れを示している。 OpreX Batch MES C1-T1で計画中の機能のうち二つをピックアップして紹介する。 一つ目は,製品ライフサイクル視点の機能である。本MESでは,製造を実行するための処方とその結果である製造データを管理できる。将来的には,図4のように量産向けに確立した処方と製造データだけでなく,研究開発段階の処方と実験データ,試作段階の処方と製造データといった情報も一元管理し,研究から量産までのスケールアップエンジニアリングの期間を短縮できる環境を提供したい。 二つ目は,改善活動のために生産データを活用できることである。 図5のように改善活動が組織内で自律的に回るようにするためには,生産データを基に算出したKPI(Key Performance Indicator)を扱えることが重要である。ISO22400で定義されたKPIにはMESが収集する情報から計算できるものが多いが,製造現場ごとのノウハウを加味すると,より実用性の高いKPIが算出できる。 これらKPIを製造現場ごとの使い方に合わせた定義,監視,通知をするための環境を本MESで提供してゆく考えである。 4.おわりに 日本国内におけるモノづくりは,未来に向けて大きな変革期を迎えていると捉えているが,その将来においても,質の良い製品を提供し続けていくことが重要であることは変わらないであろう。ただし,これまでは組織の知恵を集約した人財によって維持向上できた競争力も,これからは人の力だけでは維持できなくなる。 今回は,バッチプロセスのスマート化に製造実行管理システムMESを取り上げたが,生産活動の広い範囲に向けてソリューションをご提供する用意がある。YOKOGAWAでは,スマート化に限らずモノづくりに関する様々なご相談を承っている。ぜひご活用いただきたい。
図1 「OpreX Batch MES C1-T1」がカバーする領域
図2 ローコードによる判断ロジック定義画面
図3 ナレッジの登録から参照までの流れ
図4 スケールアップエンジニアリング短縮のイメージ
図5 生産データを活用した生産改善活動の流れ
横河デジタル 横地裕/中原剛
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