製薬工場におけるスマート化への新アプローチ ~データ活用の視点から

【スマート・ソリューション】

医薬品製造プロセス開発・商業生産の革新技術 ~データ統合とシミュレーション・AI/機械学習の活用

1.はじめに

現在,製薬業界におけるDXのトレンドとして創薬プロセスにおけるシーズ探索等にAIを活用する試みが盛んであるが,医薬品の工業化研究から製造においてもデータサイエンスとデジタル技術のさらなる活用によりDXを推進し,生産性の向上や開発サイクル全体の高速化を促進していくことも重要になると考えられる。2020年から始まった新型コロナウィルスのパンデミックにより,生活や勤務スタイルにおける様々な変革が求められ,業務におけるデジタル技術の浸透も加速されたが,デジタル技術はあくまでツールの一つであり,それを医薬品製造にどう活用するかが肝要であると考えられる。

製薬業界の市場および業界動向に目を向けると,低分子医薬品の総売上高は依然として規模が大きくメジャーであり続けると予想されるが,近年は高分子医薬品(バイオ医薬品)の成長が著しく,かなりの割合を占めるに至ってきている。また,医薬品原薬の製造は,先述の新型コロナパンデミックの経験により,これまで海外中心で製造されていたものが国内に回帰する傾向がでてきており,新規あるいは改造設備の投資が進みつつある。

また,既存設備も含めて自動化/省人化・遠隔監視/操業・生産効率化が望まれており,その手段としてAI/IoTの活用や連続生産技術が開発されてきている状況である。さらに近年では分業化が進み,製薬会社のみならず,CDMO,ベンダ,ベンチャー,アカデミアというような多業種が連携し,医薬品の研究開発(創薬)から製造プロセス開発(工業化研究も含む)および商業生産が行われている状況である。

このような状況の中,当社はプラントエンジニアリング会社として医薬品製造におけるDXを推進すべく,元々はオイル&ガスプラントの分野で培ってきたAI/機械学習技術1~4)およびそれらの適用ノウハウ,さらには医薬品製造分野特有のラボから工業化研究を通じての商業生産に繋げる一連の流れにおけるデータ統合を構想するとともに,スケールアップ検討の効率化のための技術などを開発してきた。

本稿では,これらの取り組みの適用先について整理した後,各技術の内容を説明する。

また,過去に本誌「計装」の2022年1月号「生産現場からみたDX導入の考え方と着眼点」5)において,製造業におけるデジタル化の現状と今後予想される可能性について,プロセス(連続)系およびディスクリート(バッチ)系のそれぞれの製造業に分けて説明するとともに,主にオイル&ガス業界向けに適用したデジタル・AI技術の事例について紹介した。また,同年6月号「これからの監視制御システムの適応要件と進展方向」6)においては,オイル&ガスプラントの建設プロジェクトにおける計測制御システムの変革として,制御とAI&デジタル技術の融合による監視&制御範囲拡大によるプラントの省人化・無人化について説明した。

本稿は,上記で説明した構想を,医薬品製造分野においてこれまでに具現化してきた取り組みの進捗および事例について紹介する位置づけでもある。

2.DX関連の当社の取り組み一覧と適用先

まず,当社のデジタル・AIに関連する取り組みが,医薬品開発・製造のどの分野・フェーズにおいて適用されるものかを整理し概説する。

図1は,縦軸に医薬品の種類を低・中・高分子に分けて記載し,横軸に医薬品開発・製造の各フェーズを分割して示し,その中で当社の取り組みがどの範囲に適用するかを示したものである。主にラボスケールからの工業化研究,およびその後の商業生産設備の設計・建設から運転・保全の領域でソリューション・サービスを展開している。


図1 当社のDXの取り組みの位置づけ


IT・制御・管理システムのグランドデザインは,主に新規工場の建設前または一部の新規設備の導入前,あるいは必要に応じて既設工場に対しても,それらのスマート化を目指して全体のシステム構成をデザインするものである。スケールアップ検討は,ラボスケール装置から得た知見を基にそれと同等の環境を商業スケール装置で実現するための概念設計を検討するものである。それらを行う際に適用される基盤機能/技術として,データ統合プラットフォームやAIソフトセンサ,CFD(Computational Fluid Dynamics:数値流体力学)シミュレーションがある。これらは縦軸の低・中・高分子の全ての領域に当てはまるサービスである。

工場・設備が建設された後の運転・保全のフェーズでは,上述のAIソフトセンサ等を用いた運転の安定化や課題解決,ならびに自動化・省人化のためのサービスを提供している。また特にバイオ分野においては,培養運転の課題解決のサービスを行っている。これらは既設の工場・設備に対しても求められており,これから既設工場をスマート化しようと構想される場合に必要となる。

以降では,上述した各サービス・基盤機能/技術についての詳細を述べる。

3.IT・制御・管理システムグランドデザインとデータ統合プラットフォーム

図2は医薬品の研究開発ラボおよび生産工場に関し,全体を統合するシステム構成の目指す姿を描いたものである。


図2 データ統合プラットフォーム


図2中の右半分には生産工場とそれに付随するシステムを記載しており,ISA-95(IEC62264)の事業/製造システムの階層モデルを参照して作成した図である。最下段のLevel 0/1は生産現場の装置およびそれら単体を直接的に制御するものが位置づけられており,また,品質管理ラボも含めて記載している。この階層では,品質管理ラボ,原料投入,製造から包装までが,また,各装置に付随する計装・制御システムが含まれている。

次に,その上のLevel 2の階層においては,Level 1を包括的かつ機械的にコントロールするシステムがあり,ラボネットワーク,秤量システム,倉庫システム,SCADA/DCSが含まれる。その上のLevel 3の階層では,人間系作業を含む製造系をサポートする機能として,ラボの品質管理を効率化するためのラボ情報管理システム(LIMS)や,製造現場での効率的な生産管理作業をサポート・管理するための製造実行管理システム(MES)が含まれる。さらに上位には企業活動においてその根幹をなし,企業全体の資源を一元管理し経営に活かすための企業資源計画(ERP)の管理システム,およびサプライチェーン管理(SCM)システムが位置している。

一方,図2中の左半分には,プロセス開発におけるラボおよびパイロットプラントを記載しており,ここには,創薬の段階から候補として挙げられた医薬品を商業生産するための工業化研究に資する諸々のデータが含まれる。このプロセス開発領域では収集するデータ項目が開発の進捗に伴い増減することもあり,データ統合が容易ではなく現在は個社によって独自に構築した共有フォルダなどの格納等に留まっており,意味を持ったデータモデルとしてデータ統合がなされていないことが多い。

医薬品の研究開発・サンプル製造→工業化研究・治験薬製造→商業生産というプロダクトライフサイクルの中で,近年はよりサイクルスピードの高速化が求められており,図2中の全体の情報も含めてデータ統合した上で,管理・活用することによる開発の効率化が要望されている。しかし,図2中の各領域では使用されているシステムの種類やメーカが異なる一方で,むしろ異なるメーカのシステムを活用する方が最適な場合もあり,それらを統合するためには柔軟なインタフェース,多種多様なデータの整理・集約,必要に応じ紙媒体のコンテキスト化等も必要になる。

したがって,今後はオープンプラットフォームなどを活用し,マルチベンダシステム間でのやりとりも含めたデータ統合システムの導入が進んでいくことが考えられる。

これらのことを踏まえ,当社はエンジニアリング会社として上述した商用生産側のIT・制御・管理システムおよび研究開発側のラボデータ,ならびにそれらを繋ぐ工業化研究を含めた全体に関連するデータを活用できるように統合するプラットフォームの必要性を強く認識しており,それらを各社の業務形態に合わせて柔軟にグランドデザインしていく必要があると考えている。

さらに,プロダクトライフサイクルの効率化・高速化のためには,データ統合した後に,それらのデータをいかに分析・活用し,課題解決に繋げていくかが重要である。以降では,そのソリューションとして提供される個別の基盤技術について紹介する。

4.AIソフトセンサ

医薬品の製造工程において,品質に関わる重要なパラメータを従来はオフライン分析により測定し確認していることが多く,その場合は,分析結果を確認するまでには時間のギャップが存在し,製造運転中にリアルタイムでパラメータを把握することができない。近年,医薬品製造工程の連続化が指向される中,連続生産プロセスにおいては品質パラメータのリアルタイムでのモニタリングが重要であり,製品の品質試験を省略して出荷するRTRT(Real Time Release Testing)が指向されている。

これに資するソリューションとして,過去に実施した分析結果データと他の運転条件データとの相関を学習させた機械学習モデルを構築し,それを用いて,運転条件を入力として品質パラメータをリアルタイムに提示させるソフトセンサ(AIソフトセンサ)として利用すれば,オフライン分析なしに品質パラメータをモニタリングすることができる。

なお,この分野では既にPAT(Process Analytical Technology)ツールが利用され始めており,製造中に連続的に品質に関わるパラメータを計測・解析・管理することが行われているが,場合によってはオフライン分析に比して精度が十分でないこともあるため,ソフトセンサの必要性があるものと認識している。

図3は低分子医薬品の原薬製造の反応工程において生成する不純物濃度を予測するAIソフトセンサを構築した事例である。この事例では,測定データのみを学習させた,いわゆるデータドリブンの機械学習モデルを用いている。


図3 反応工程向けの不純物濃度予測AIソフトセンサ


一方,場合によっては,物理的なモデルと組み合わせることでより少ない測定データで高い予測精度を達成できることがある。この方法は,たとえば商業スケールにおいてAIソフトセンサを使用したいが,データ取りには原料コストが大きくなるような場合に有利になる。

図4は,連続三相系反応器の化学反応モデルと機械学習を連携して,反応生成物収率を予測するモデルを構築した例である。複雑な三相系フロー合成の反応モデルと実験での測定データを利用して構築した統計モデルを組み合わせたハイブリッドモデルを構築することにより,図5に示すようにより高精度で実効性のある予測が可能となっている。これにより,反応工程における製造条件を変更した際の各生成物の収率を高精度に予測できるようになった。


図4 反応工程向けのハイブリッドAI反応モデル



図5 ハイブリッドAI反応モデルでの予測結果


また,同モデルは物理モデルをベースにしているため説明可能なモデルとなっており,反応の操作パラメータの寄与度を定量化することもできるため,現象の理解を深め,最適な運転点の決定や触媒開発,スケールアップ検討,設計に貢献できると考えられる。

なお,これらAIソフトセンサを商用生産に適用する際にはGMP(Good Manufacturing Practice)への対応が必要になると考えられるため,GMP対応については後述することとする。

5.培養装置のスケールアップおよび運転トラブルシューティング

バイオ医薬品およびその他のバイオ生産分野(食品,化粧品,化成品,燃料など)では,特に培養工程の工業化研究あるいは商業生産運転において課題が存在することが多い。

まず,ラボスケール培養槽を商業生産可能なスケールにスケールアップする際には,ラボスケールで十分な培養成績が得られていても,スケールが大きくなると培養槽内の状況がラボスケールと異なるため,ラボと同等の培養成績が得られないことがある。これは培養槽内の培養液や細胞の熱流動状況や培養液中の成分の濃度が均一ではなく,スケールが大きくなると分布がより広範囲に及ぶためと考えられる。

そこで,槽内の培養液や細胞の流動状況を解析することが可能なCFDシミュレーションを用い,まずラボスケールでの実験データを再現可能なモデルを構築するとともにモデルチューニングも行い,そのモデルを用いて大スケール培養槽での分布を評価することでスケールアップ設計に活用されている。

なお,CFDシミュレーションの活用は培養槽に限らず,バイオ医薬品製造の他の工程(たとえば,精製工程)の装置,あるいは低分子医薬品製造の各装置のスケールアップにも活用されている。

たとえば,培養槽が通気攪拌槽の場合,図6に示すようにCFDシミュレーションでは培養槽内の流速,気泡,物質移動容量係数(kLa)とそれに応じた溶存酸素/二酸化炭素濃度,せん断応力,温度の分布などが評価可能である。


図6 培養槽のCFDシミュレーション


さらに,CFDにおいて代謝反応を考慮することで,細胞・基質・目的生成物・副生成物などの濃度を評価することも可能となってきている。ここでは,前章で述べた実測データも加味して反応モデルをハイブリッド化する手法を用いることで,より高精度な評価・予測が可能となる。この手法は,図7に示すように代謝反応モデルとCFDシミュレーションならびに統計的手法を融合し,培養状態をコンピュータ上で精緻に再現する,いわゆる培養デジタルツインである。


図7 培養デジタルツイン


また,近年は従来測定が困難であった培養液中の様々な成分(代謝成分を含む)の濃度をオンラインで測定するセンサ技術が発達してきているため,上記のハイブリッドモデルに利用可能な測定データの拡充も期待される。さらに,前章で述べたAIソフトセンサの考え方を適用し,オンラインではやはり測定が難しいパラメータに対してはオフライン分析データを基にしたAIソフトセンサの開発も考えられる。

これらの技術によって,より確度の高い培養槽のスケールアップの検討が可能になるとともに,培養運転の課題解決にも活用できる。たとえば,培養の商業生産運転において,培養結果が安定せずその要因が特定しきれない場合の対応として,培養デジタルツインによる要因特定と課題解決のための運転方案の策定などが可能である。これらの技術は培養の対象が微生物や動物細胞などのいずれであっても適用できる。

図8には培養デジタルツインの適用により期待されるバイオ製品生産の将来像を示した。現状の培養運転は原材料特性やラボでの試験条件を基に必要に応じてモデルを利用しつつ初期条件を決定し,培養運転開始後は培養状態をモニタリングしながら人の手で運転されているが,将来的には培養デジタルツインによって培養状態を予測しながら自動制御する方式が実現できるものと考えられる。


図8 バイオ製品生産のプロセス開発・商業生産の将来像


6.既設工場のスマート工場化検討

既設工場のスマート化を図りたいという要望も多い。既設工場の場合,当然ながら設備や管理システムが既に在るため,まずはそれらを把握することからはじめ,そこに存在する課題を抽出する必要がある。また,スマート工場としてあるべき姿を描き,そのギャップを埋めるための施策を策定し,あるべき姿の実現に向けたロードマップなどを描いていく。既設工場の場合,現状把握や課題抽出は事業者側で既になされている場合があり,また操業データが豊富にあることも多く,既存設備・システムとの兼合いを考慮しつつ,それらをどう利活用するかが重要である。また,各種システムを有効活用するためにはペーパーレス化への対応も必要になる。

以上の内容に関し,当社はエンジニアリング会社として,製造プロセス,装置,制御・管理システムを熟知する立場として,スマート工場化に向けたコンサルティングを行っている。

7.GMPへの対応

これまでに述べた取り組みを商用生産に適用・導入する場合,医薬品分野においてはGMP(Good Manufacturing Practice)への対応が必要となる。GMPは適正製造規範であり,日本では厚生労働省令として定められており,原料入荷から製品出荷までの過程において製品が予め規定された品質と安全性を確保できるように定められた法的な要件である。特に薬を人体に使用する治験薬を製造するフェーズ以降では,GMP対応が必須条件であると認識している。

先述の特にAI・機械学習の適用はGMP規制下の分野でも話題になっており,プロセス開発の段階であれば使用できる可能性があるが,その実例は十分には報告されておらずまだ明確にはなっていない。このことに関しては,たとえば技術移転の段階において,プロセス開発で得られた管理戦略等の知見を十分に商業生産フェーズに引き継ぐ必要があることが指摘されている7)。

また,深層学習などのブラックボックス性の強い手法を用いる場合は,GMPで要求される再現性確保のためにより説明性の高いモデルでの代替(ホワイトボックス化)が求められる可能性がある。また,連続生産プロセスにおいてAIソフトセンサによって提示される品質パラメータに基づき管理基準範囲外の製造物の分離/隔離を行う場合に,その機能・装置の設計方針やデータ管理/評価方法等について具体的に留意すべき点が出てくるものと予想される。

このように,AI・機械学習の導入のためにはGMPの観点で対応すべき事項が種々あるものと認識しているが,まだ具体的な導入のための評価基準・方法が確立されている段階に至っていない。今後は具体的な適用性検討の案件を取り組みつつ,各当局(MHRA,PMDA,FDA,EMA,PIC/S)から発出されることが予想される各種ガイドラインを注視するとともに,必要に応じ製薬企業や当局と相談していくことも必要と考えている。

8.まとめ

以上のように,医薬品の低分子から高分子の各分野に適用されるAI・機械学習の技術およびそれらの適用事例や,そのためのインフラ整備に位置付けられるデータ統合,ならびにスマート工場化検討の概念について述べた。医薬品製造においては,プロセス設計のデジタル化やデジタルツインが効果的にコスト削減できる強力なツールになり得るとともに,プロセス開発から製造までを一気通貫で進める次世代デジタルの技術開発を加速することが必要であると考えている。また,これらのツールを有効活用するためにはペーパーレス化への対応も重要と考えている。

先述の通りこの業界においては多くの業種のプレイヤが存在しており,DXによる医薬品業界の発展もこれら多業種の企業が連携しなければ達成できないと認識している。当社はエンジニアリング会社として積極的に多業種のコラボレーションを推進し,業界の発展に貢献していきたいと考える。

〈参考文献〉

1)豊川舜,入倉基樹,末定啓介,加次淳一郎,古市 和也:「DXが切り拓くプロセス産業の未来」,石油学会2021年春季大会.

2)入倉基樹:「FCC装置の運転課題解決に向けたAIの活用」,『アロマティックス』,第75巻新年号(2023)

3)Chiyoda Corporation,EFEXIS and Path to Autonomous Operations,Hydrocarbon Processing, 2023.

4)増田恵,落合孝之,入倉基樹,三木卓典,濡木衡,古市和也,加次淳一郎,藤井渉:『DXデジタルトランスフォーメーション事例100選』,2023

5)井川玄,佐々木美春:「生産現場からみたDX導入の考え方と着眼点」,『計装』,2022年1月号

6)井川玄,岡村一成:「これからの監視制御システムの適応要件と進展方向」,『計装』,2022年6月号

7)化学工学会関西支部主催,『GMPセミナー「医薬品製造に関わるGMPの最新動向」セミナー資料』,2023

千代田化工建設 入倉基樹/佐藤秀紀/坪田浩之/米山徹

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