【スマート計装ソリューション】
プラントDXに適応した Wi-Fi対応耐圧防爆型質量指示計
1.開発の狙い
無線LANは様々な汎用製品に搭載されており,生活の中でもごく身近な無線通信接続方法として浸透している。一方,工場等のプラントで使われる各種産業機器は,制御室で集中管理されることが多く,現場機器からの情報をRS-422/485やイーサネットなどでケーブル(有線)にて伝送することがまだまだ多いのが現状である。
石油化学製品,塗料・インキなどの有機溶剤製品,アルコール製品を生産するプラントでは,可燃性ガスや可燃性液体の蒸気と空気が混合した爆発性雰囲気を形成し,電気火花や高温の物体などの点火源に触れると,爆発や火災が起きる可能性が高くなる。そのため爆発性雰囲気が発生する危険場所(防爆エリア)で使用する電気機器は,爆発を防止する構造を具備した「防爆電気機器」を使用することが法令上定められている。
防爆エリアの製造現場でデジタルトランスフォーメーション(DX)を進めるためには,現場の防爆機器からデジタル情報を取り出す必要があるが,有線通信では防爆特有の敷設工事に手間とコストがかかる。そのため無線LAN化は有効な手段である。防爆機器を無線LAN化する製品は数社から販売されているが,防爆機器に後付けになること,防爆工事が伴うこと,高価であるがゆえに明確な効果を稟議書に示さなければ予算化しづらいことなどの多くの課題があり,防爆プラントでのDXはハードルが高い。
これらの課題解決と防爆エリアにおいて手軽にDXを進めたいというニーズに対応するため,製品企画段階において無線LANを搭載することとした。本稿では,標準で無線LAN(Wi-Fi)を搭載した耐圧防爆型質量指示計「KC-EX」を紹介する。
2.製品概要
2.1 シリーズの統合と主な機能
当社クボタのはかり事業の歴史は古く,様々な産業分野で使用され続け,2024年でちょうど100周年を迎える。
耐圧防爆型質量指示計はこれまで「FC-EXシリーズ」,「K2-EPシリーズ」の2機種の製品構成であった。この度15年ぶりに耐圧防爆型質量指示計をフルモデルチェンジするにあたり,FC-EXシリーズのコンパクトな構成と充填機用途に特化した機能,K2-EPシリーズのモノクロ液晶表示による見やすさを引き継ぎ,これら2機種を統合し「KC-EX」を開発した(写真1)。
弊社耐圧防爆の指示計として初めてカラー液晶(LCD)を採用し,表示画面を生かした各種モニタ機能を充実させ,現場での動作確認や予防保全などに活用することを目的とした。モニタ機能には,入出力モニタ,入出力カウントモニタ,キーカウントモニタを実装した(図1)。 入出力モニタはKC-EXが持つ全てのI/Oをモニタすることができ,外接機器の動作をよりわかりやすくした。手動操作モードを使えば,全ての出力を各キーに割り当てているので,外接機器を直接操作することが可能である。 入出力カウントモニタとキーカウントモニタは,I/Oとキー操作の動作回数,ブザーとLCDの動作時間をモニタしている。たとえば,入出力モニタにて回数を確認することで,外接されるスイッチの動作回数を見て交換時期が判断できるので,故障する前の予防保全として活用できる。 また,エラー履歴やデジタルロードセル(D-LC)モニタ(図2)も搭載しており,保守作業に活用できる。特にD-LCのゼロ点の初期調整値(ZD値)を記憶表示しているので,現状のゼロ点との値を比較することで,D-LCの劣化を確認でき予防保全に活用できる。 防爆型D-LCは樹脂充填防爆構造「EXMシリーズ」を採用しており,KC-EXと組み合わせることで精度1/6,000の計量が可能である。 操作面ではLCDの特徴を生かし,作業者が見ただけで設定操作ができる画面構成とした。設定の仕方やどこにその機能があるのかがわかりやすくなったとの評価をいただいている。 KC-EXの特質すべきポイントとして,エア機器を直接駆動できるクボタ独自の「電気→エア変換機構」と「エア→電気変換機構」を備えている(写真2)。 「電気→エア変換機構」は,防爆容器内に配置したソレノイドの駆動力を利用し,容器を貫通したピンシリンダを経由しエアスイッチをON/OFFにする。従来の機構を大幅に改良し信頼性を向上した。この機構によって,高価で大型の防爆電磁弁を使用しなくとも防爆エリアでエア機器を直接駆動できる。 また,多彩な充填機用シーケンスを搭載しており,単純に充填することはもちろんのこと,昇降タレ受け機能の付いた充填機や,泡立ちする液体に対して液面追従にてロングノズルを制御する高機能なモードも搭載している。 充填機に組み込めば,エアホースを繋ぐだけで充填バルブや昇降シリンダ,タレ受けなどのエア機器を直接駆動できるメリットがあり,多くの充填機セットメーカに採用されている。 2.2 DX化を見据えた機能 当社が提唱する「はかり」のDXとして, ・計量結果を分析しやすいようにデジタル化し送出する(Wi-Fiの活用) ・計量結果を収集し見える化し活用する(アプリケーションソフトの活用) との視点で,防爆エリアではこれまでできなかったこと(やりたかったこと)に焦点を当てると,業務改善に広く活用できる。 一般的な防爆工場では,有線による通信で防爆設備と制御室にあるPLCなどが接続され,状態監視やデータ処理を行っていることが多いが,人が介在し手作業での計量,充填を行う作業現場では,プリンタなども現場から離れた安全場所の制御室に置かれている。このため,現場作業者は計量結果が確実に送信されたか否かを判断しがたいという問題がある。 防爆エリアで使用できるデータロガーとして,データキャリア(KL-DT2-ISシリーズ)(写真1右側)がある。赤外線通信にて指示計の計量結果を保存し,作業終わりに安全場所にてプリンタやパソコン(PC)に計量結果をまとめて送出する。ハンディ型のため表示桁数も少なく,直前のデータ以外を見るためにはいくつかの操作が必要となる。 現場作業者が簡単な操作で,充填状況や計量結果を確認することはなかなか難しいが,タブレットなどの防爆携帯端末にユーザで作成したアプリケーションを用いて,防爆機器とWi-Fiで通信し,必要なデータを取り込めば比較的簡単に解決できる。 無線通信は通信距離の問題があるが,耐圧防爆機器は爆発に耐えうる頑丈な金属容器内に電気機器を配置するため,無線通信の距離を延ばすには容器の外にアンテナを配置する必要がある。しかしながら,防爆認証のハードルが高くなるため,アンテナは容器内LCD横のガラス面越しに配置した。よって,金属容器の影響から通信距離は,正面方向で30m程度(現場環境による)となっている。 防爆携帯端末との通信方法として,KC-EXと直接通信するAPモード,KC-EXを防爆アクセスポイント経由で接続するInfrastructureモードがある。 それぞれにメリットがあるが,防爆アクセスポイントの導入と設置工事のコストを考えると,最初の導入はAPモードからの方が簡単と考える。 3.活用事例 (1)「計量記録の管理」(図3) タブレットなどの防爆携帯端末との通信を想定し,新たに専用の通信コマンドを準備した。この通信コマンドによって,計量値を受信,計量結果の保存(印字操作),計量結果の閲覧(印字履歴),各種モニタ機能の閲覧,設定値の更新と保存など,KC-EXが持つ機能のほとんどをコマンド通信にて操作できるため,アプリケーションを作成すれば,タブレットから指示計の情報を得ることが可能である。 計量結果は指示計内のメモリを読み込むため,最大6,000件まで手元で見ることができ,1日の計量結果を集計するには十分な件数である。 計量記録の手書きでの書き間違えや,書き忘れを防止すると共に,業務終了後の報告書に紙添付ではなくファイル添付できるようになる。作業報告書を電子化し,結果をデータ添付することで効率化が実現できる。またデータを解析することで,より効率的に生産状況なども把握することが可能である。 (2)「指示書(充填レシピ)との連携」(図4) 多品種小ロット生産の現場では,うっかりミスによるCODE(品種番号)や定量値の入力間違いが起こることがある。事務所PCから充填レシピ(CODE,定量値,過不足値,等)をタブレットに取り込む,または指示書のバーコードをタブレットで読み取り充填レシピをタブレットにて取り込むことで,充填量の設定(レシピ)を指示計に転送すれば,間違いは発生しにくくなる。指示書のバーコードと同じものを容器にも貼っておけば,タブレットで容器と液種等の照合が取れるので,不慣れな作業者であっても安心して作業を開始することができる。 予定数の充填が完了すれば,KC-EXからタブレットに計量結果を保存し,事務所PCにファイルを送ることで集計管理も簡単になる。
写真1 Wi-Fi対応耐圧防爆型質量指示計「KC-EX」(データキャリア付)
図1 各種モニタ画面
図2 DLCモニタ画面
写真2 空気⇔電気変換機構
図3 アプリ計量結果例
図4 充填レシピとの連携例
計量台部と指示計の距離が離れている場合や作業位置によっては,指示計の計量値が見づらい現場も多い。タブレットを表示器代わりに利用すれば,ほぼリアルタイムで計量値が表示され,判定表示も手元で確認できるため,作業者の負担も減り見間違えのミスも防ぐことができる。
たとえば,フォークリフトでコンテナなどの大型容器を計量する際,容器を計量台部に載せ,フォークリフトを移動・停止し,作業者が指示計の近くまで行って計量を確認して印字ボタンを押して再び運び出す作業がある。これまでは当たり前の作業工程であったが,タブレットを手元に持っていれば,フォークリフトから降りることなく手元で計量確認,印字記録が可能となるため,より簡単にかつ安全に作業が完了するので,業務効率化による生産性向上が見込める。
(4)「デジタルツインへの応用」
KC-EXでは計量値だけではなく,これまで説明した計量結果,設定値,エラー情報,I/Oの動作回数などのメンテナンスデータを取得できる。通信距離の問題はあるが,適切にWi-Fiのアクセスポイントを配置すれば,遠隔の事務所にてほぼリアルタイムで同期できるようになり,単にはかるだけの計量器ではなく,たとえば毎回の計量結果から現在の稼働状況(過不足量や時間)が把握でき,より安定した充填を実現するためのポンプ圧力制御へのフィードバックなど,はかり周辺設備の稼働最適化に活用できる。
また,I/Oの動作回数からは,たとえば充填バルブのパッキン交換時期なども把握できるので,パッキン消耗による液漏れで清掃に時間を費やすなど,むだ時間の削減につなげることが可能である。 4.今後の課題と見通し DX化を進めていくためにはソフトウェア(アプリケーション)の充実が挙げられる。ユーザでも簡単に扱え,初期導入のハードルを低く抑えるため,現在テスト用の簡易版を改良したアプリ開発を進め,2024年内を目途に公開予定である。通信仕様を公開しているため,より自社の仕様にマッチしたアプリケーションの作成も可能であるので,ぜひトライしていただきたい。 防爆エリアで使用できるPCやタブレットなどの携帯端末は普及段階のため,作業者が1人1台を持つにはまだまだ高価なところが課題であるが,DXには欠かせないツールの1つであり,無線通信を用いた市場は今後大きく拡大することが予想される。 計量器メーカとしてDX普及に寄与した使い勝手のよい製品提供を進めていく。 )Wi-Fiは,Wi-Fi Allianceの商標である。
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