【トレンド】
回転機軸受のスマート診断における センサ設計の重要なポイント
1.はじめに
プラントには非常に多くの回転機が設置されており,軸受は重要な管理項目である。現状の軸受診断は,主に振動法を用いて,各社の保全員あるいは検査会社によって定期的に計測するなど,人の手を介して管理している場合が多い。10年ほど前から振動診断をオンラインで一括管理するシステムを提供している会社があったが,それが適用される範囲は限定的でまだ普及していない印象であった。
しかし,近年,オンライン化を進める動きが多く聞かれるようになってきたと感じている。それは,設備管理技術者の人員不足,コンピュータや通信技術の向上,デジタル化に対する抵抗感の低下など,様々な要因が考えられる。
回転機の診断については,数十年にわたりセンサや計測方法には大きな変化はないが,解析方法に関しては,PCの高性能化なども手伝って,AIを用いた解析手法なども見受けられるようになった。近い将来,誰もが手軽に,専門技術者が実施したかのような解析技術が導入された「スマート診断」が発展していくと思われる。
スマート診断においては,正常状態を学習させて,その正常状態からの差異を評価するようなアプローチが多い。しかしながら,目的を達成するのに必要なデータが揃っていない,または,不要なデータが多く含まれているなど,正しく評価できるのか疑わしいと感じる事例が散見される。
弊社は新たなO&Mトータルソリューションサービスとして,「plantOS*)」の提供を開始し,その一環として,「CHAS*)」事業(プラント管理支援サービス)で培ってきた専門技術者による高度診断・解析技術に,IoT,AI,クラウド技術を組み合わせた「O&M Mother*)」サービスを展開している。
O&M Motherではサービスの第1弾として,プラントの配管腐食の可視化,回転機器の異常予知,余寿命診断サービスの提供を準備しており,顧客プラントの状態をクラウドセンシングし,プラントの状態可視化,スマート診断の提供を可能とし,プラントの運転および保守・保全を支援していく。
本稿では,O&M Motherの回転機の軸受診断を例として,各診断手法の特徴や適正な計測条件など,診断の目的を達成するために必要なデータを収集するための,センサや診断手法を選択するポイントについて述べる。
2.検知したい事象に応じた検査手法の選択
回転機軸受の診断には,振動法,AE法,音響法,サーモグラフ,油分析など,多種多様な検査手法が実用化1)されている。これらの手法は,それぞれ一長一短があり,様々な条件で選択するべきであり,特に,回転機軸受の診断では,振動法とAE法がよく用いられている(その他の手法については,誌面の都合により詳細は割愛する)。
いずれも,損傷に起因する信号を対象軸受に設置したセンサで受信し評価するという点では似ているが,分析において積極的に用いる周波数の範囲が,振動法は主に30kHz以下,AE法は30kHz~1MHzと異なり,センサの構造も異なっている。そのため,それぞれの手法で検知できる損傷モードが異なるが,実際のところは十分に理解されないまま使っている場合が多いと感じている。
図1は,すべり軸受を用いたアンバランス試験において,振動変位とAEならびに油分析(潤滑油を循環させ,油中の粒子数を連続計測)を同時に行った結果を模式的に表している。
振動変位は図中点線で示すように,アンバランスの量に比例して変化し,アンバランス量が一定であればほぼ同じ値を示すが,図中実線で示すAE発生数と油分析粒子数は,アンバランスが変化したタイミングだけで上昇し,すぐに低下した。試験後の軸受表面を確認すると,軸受のエッジ部分のみが削れて光沢があったことから,エッジ部分が削られた金属粉が油に排出され,それと同時にAEが発生したものであり,軸受の損傷に対応した変化をしていると言える。
したがって,アンバランス発生に起因した変化をいずれの手法でもとらえているが,検知したい目的が,「揺れ」の場合は振動法,揺れに起因した「損傷」を検知したい場合はAE法や油分析法を選択する必要がある。このように,検知したい目的を理解し,それに合った診断手法を選択することが重要である。
3.損傷レベルによる検査手法の選択
軸受では,転動体が摺動面を通過することによって疲労損傷が発生するが,その経過は,大まかには,①正常,②疲労蓄積ならびに内部の微小亀裂発生,③損傷部の拡大ならびに巨視的な損傷の発生になる。そのうち,②および③の模式図を図2に示した。
②疲労損傷の初期段階では,摺動面よりも少し内部に入ったところの介在物や応力最大点付近で亀裂裂が発生すると報告2,3)されており,この場合には,軸受の摺動面には亀裂が現れていないため,開放して目視観察しても損傷が全く確認できない状況で,摺動面に凹凸がないため振動法,温度および油分析では検知できない。 しかし,AE法では,非常に微細な亀裂が摺動面内部で発生しても伝搬してきた信号を捉えることができる。振動,油分析粒子量および温度は,計測原理上,図2②の段階での損傷に起因した変化を捉えていないため,それらのデータだけを用いてAIなどの最新の高度な解析を行っても,図2②の疲労損傷の初期段階を判別することはできない。 ③のようにさらに損傷部が進展して剥離が起こり,摺動面にフレーキング4)と呼ばれるような凹部が発生すると,転動体がその凹部の端部に衝突したり,凹部に転動体が落ち込んだりして,揺れが発生するために振動法で検知できる。また,③の段階では,剥離や亀裂の発生と進展が繰り返して起こるためAE法,油分析および温度での検知も可能である。 弊社では,AE法を用いた転がり軸受の余寿命診断手法についての特許5)を取得している。これは,軸受破損時までの寿命を100%とすると,約50%で②の段階,約80%で③の段階が開始し,それに伴いAE波が変化するが,その変化点は,軸受の大きさや負荷,回転数等の条件には依存せずほぼ同じ変化をすることから,大まかな余寿命を評価可能である。 ただし,早期検知することだけが適当な検査法ではなく,各社の保全管理方針を鑑みて,どの損傷レベルで検知したいかによって,検査方法が選択されるべきである。 たとえば,摺動面に③のようなフレーキングが発生して初めてアラームを発すれば良い場合は,③の段階が明瞭にわかる振動法が適していると考える。また,軸受が完全に壊れてから修理しても問題がない場合は,検査,診断は不要と考える。実際,筆者の経験から,フレーキングが発生していても回転していれば補修せずに継続利用している場合もあり,逆に非常に早期に交換するような場合もある。 4.損傷モードにおける波形の特徴 転がり軸受で発生する損傷の内,振動法やAE法によって検知される波形は,大きく突発型波形と連続型波形の2つに分類できる。模式図を図3に示した。 図3(a)は突発型波形と呼ばれ,亀裂発生や衝突時に得られる波形で,短時間で最大振幅になり,その後すぐに減衰する。一方,図3(b)は連続型波形と呼ばれ,上図は回転機にアンバランスなどが発生している時に見られる波形で,回転周期に合わせて振幅が周期的に変動する。下図は,潤滑不良などで見られる波形で,回転周期に依存せず,突発型波形も含まれないため,ほぼ一定の振幅値が連続する。 損傷モードを理解していれば,観測波形から,どのような損傷によって発生したものかを推定することが可能であり,診断する際の重要な情報になる。さらに,損傷に起因した波形の発生タイミングなどを考慮して,計測条件を決めることも重要である。 5.計測時のサンプリング周波数の影響 前章で示した波形の内,突発型波形は瞬間的な変化を捉える必要があり,計測時のサンプリング周波数の影響を受ける。一方,連続波形は比較的低いサンプリング周波数でも評価可能である。そこで,突発型波形について,計測時のサンプリング周波数の影響について検証を行った。 軸受に軽微な損傷が発生していることが既知である実際の回転機において,運転中にサンプリング周波数2MHz,波長0.25秒の波形を収集し(図4A),この波形を元にデータ数を等間隔に間引くことで疑似的にサンプリング周波数を変更し振幅値を比較した。この波形には突発型波形も含まれ,最大振幅は約1.5V,rms値約0.08Vであった。例として図4Aから200点間隔で間引きした波形(サンプリング周波数10kHz)を図4Bに示した。サンプリング周波数が10kHzになると高振幅の波形が小さくなっていることがわかる。 高振幅波形の開始点をずらした異なる波形について振幅の最大値とrms値(2乗平均値)を求め,最大振幅値とrms値を求めた結果を図5に示した。 最大振幅値は,サンプリング周波数の低下とともに,元の波形の最大値を上限として,低振幅の波形が多く検知されるようになり,各波形の最大値の平均も低下する。一方,rms値はサンプリング周波数の低下とともに,元の波形のrms値よりもばらつきが大きくなる。これは,高振幅データが間引かれた場合はrms値が低くなるが,低振幅データが間引きされた場合は高い値になることに起因する。rms値の平均は,全波形を平均すると同じ値になるため,低サンプリング周波数での計測の場合は,できるだけ多くの波形を収集することが必要である。 6.無線式振動センサの選択 複数の回転機にセンサを設置するためには,配線が不要で設置が容易な無線式のセンサが用いられる。 無線式のセンサは,電源をセンサ内に設置した電池で供給することが多く,電池の寿命は,1回のデータ送信量と送信頻度に関係する。したがって,前章までに示した検討事項を鑑みて,目的とする信号を検知するのに必要な1回の計測時間,計測頻度,波形送信の要否などの要件を満たすセンサを選定しなければならない。同じデータ量を送信する場合,データ長とサンプリング周波数はトレードオフの関係になるため,長時間の波形を計測するためには低サンプリング周波数のセンサを選択することになり,前章で示した振幅値のばらつきを考慮して評価する必要がある。その他,センサとの通信環境,センサの大きさと設置場所などについても考慮してセンサを選定する必要がある。 現在,多くのセンサメーカから無線式の振動センサが市販されているが,無線式のAEセンサは市販されていない。今後,高サンプリング周波数に対応した無線式の装置開発に期待したい。 7.まとめ 回転機軸受のスマート診断を効率的に行うためには,対象機器の診断目的に合った診断手法を選択する必要がある。そのためには,回転機軸受の機構をよく理解し,どのようなタイミングで損傷が発生し,その損傷によってどのような変化が現れるかを事前に想定できることが重要である。そして,その損傷を検知できる各種検査手法についての知見を得ておくことが重要である。 そして,本稿で述べた内容が回転機のスマート診断のセンサ設計に活かされ,ユーザが使いやすい診断システムを構築するための一助となればと幸いである。 注) 〈参考文献〉 1)五十嵐昭男:「転がり軸受の以上検出方法について」,『ターボ機械』,第7巻第10号,40(1979) 2)木田勝之:「転がり疲労と亀裂進展機構」,『材料』,Vol.51,No.8,867(2002) 3)土田武広,田村栄一:「軸受鋼における介在物を起点とした転動疲労亀裂発生メカニズム」,『神戸製鋼技報』,Vol.61,No.1,62(2011) 4)ベアリングドクター,日本精工㈱ 5)「軸受診断方法及びシステム」,特許第5740208
図2 転がり軸受の損傷初期と末期の状態
a. 突発型波形
b. 連続型波形
図4 サンプリング周波数の異なる波形
図5 サンプリング周波数と振幅値の関係
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