新シリーズ企画 安定・安全操業へのスマート計装の新たな潮流(Part1)

【巻頭フォーカス】

プラント操業のスマート化と計装のさらなる役割

1.はじめに

化学プラントの運転においては,従来から安定と安全が最も重要であると言われてきた。安全は必ず守るべきものであり,安定はトラブルの減少や継続性のために必須である。このことは今も変わらないが,グローバル競争の中,生産性の向上や高品質化,業務効率化などに対する要求も増す一方である。また,最近ではさらにサステナビリティやレジリエンスといった視点も不可欠となっている。

これらの課題を克服するために,いわゆるデジタル技術を活用して変革していくことがもはや当たり前となり,化学プラントのスマート化やデジタルトランスフォーメーションの取り組みが世界中で熱心に進められている。すでに第4次産業革命と言われてから10年以上が経過し,製造業のスマート化は確実に進んできた1)。その中で,数年前からはNext Industry 4.0やIndustry 5.0に関する議論も進められてきた。

そこで,本稿では,新たな展開を見せつつあるプラント操業のスマート化についての考え方を最近の状況に基づいて述べるとともに,計装技術に求められる要件や役割,今後への期待などについて述べる。

2.製造業のスマート化

設備の高経年化によるリスクへの対応や,少子高齢化による労働力不足への対応が主な契機となって,製造業のスマート化が進められてきた。その後,自然災害や軍事侵攻,新型コロナなどによって,レジリエンスを高めるためにもスマート化の有効性が認知され,スマート化が加速した。現在,製造業の運転・制御や保守におけるAI・IoTを活用したスマート化は,本格的な実装の時代に入りつつある1)。

製造現場におけるスマート化の第一歩は, センサやアクチュエータなどのフィールドデバイスのデジタル化である(図1の物理レベル)。これらのデバイスは,製造プロセスの精密な制御と監視を可能にし,効率化と品質向上の基盤を築くものであり,スマート化の前提となる。次の段階は,PLCなどの制御デバイスであり,フィールドデバイスからのデータを収集し,製造プロセスの制御を実行する(制御レベル)。スマートファクトリでは,これらのデバイスがより高度なデータ処理能力を備え,複雑な制御タスクを実行できるようになる。


図1 製造システムの階層レベル


さらに次の段階は,情報処理のレベルであり,柔軟性や効率性,生産性が向上する。生産プロセスをリアルタイムで調整し,急な生産計画の変更にも迅速に対応できるようにする。最終的には,サプライチェーン管理,顧客関係管理,ビジネスインテリジェンスなど,企業内外で密接に連携して新たな価値を生む出すことを目指すこととなる(ビジネスレベル)。

従来,計装が主に関与してきたのは,フィールドレベルと制御レベルであり,その部分が重要であることはスマート化を進める上においても変わらない。しかし,それ以外に,より上位のレベルとの融合も進んできており,たとえば,複数のフィールドデバイスからのデータを統合し, 特定の製造工程や操作の性能を最適化することなども実現している。さらに,計装技術が提供するデータは, 企業レベルでの意思決定プロセスに重要な基盤となっている。

3.計装機器のスマート化

計装機器が製造業のスマート化を支えていることは間違いないが,一方,センサやアクチュエータなど計装機器自体のスマート化もいろいろと試みられている。通信機能やデータ処理機能を持たせることが基本であり,様々な方向性が考えられるが,そのいくつかの例を以下に示す。

1)通信機能の追加:Wi-Fiなどの適切な通信機能を計装機器に組み込むことによって, データのリアルタイム送受信や遠隔監視が可能となる。これにより,計装機器の設置場所や状態に関わらず, データを効率的に収集し, 適切な操作やメンテナンスを行うことが可能となる。

2)データ解析機能の強化:収集されたデータを計装機器内部で解析することによって, 異常を検知したり, 予防保全を行ったりする機能を持たせることが可能となる。

3)自己診断:自己診断機能を持たせることによって,計装機器が異常を自動的に検知し, 必要に応じてアラームを発生させたり, 適切な対処を行ったりすることが可能となる。

4)遠隔操作:遠隔地からの操作や設定変更を可能とすることよって, 現地に人員を派遣せずに設定変更やトラブルシューティングを行うことが可能となる。

5)標準化:オープンな通信プロトコルや標準に準拠させることによって, 異なるシステムやプラットフォームとのシームレスな統合が可能となる。

計装機器は,故障を特定し,ダウンタイムを防ぐために定期的な点検が必要で,大規模なメンテナンスチームと高いコストが必要だったが,スマート化によってそれが変わりつつある。

4.これからのスマート化

Industry 4.0に代表されるこれまでのスマート化は,様々なモノがIoTで相互接続されることによって,自動化と効率化を進め,生産性向上やコスト削減を目指す技術中心のアプローチが協調されてきた。Industry 5.0では,技術ももちろん重要であるがそれだけではなく,以下のような様々なことが求められている2)(図2)。


図2 Industry 5.0の3要素


・「人間中心」:人間のニーズや利益を起点としたアプローチ。技術の進歩を人間のスキル,創造性,そして福祉を高める手段として捉え,人間とシステムとの協働を促進する。

・「持続可能性」:環境への影響を考慮し,エコフレンドリな生産プロセスと資源の持続可能な利用を目指し社会的責任を果たす。

・「レジリエンス」:地政学的な変化やパンデミック等の自然災害による突発的で破壊的な変化から産業や人々の生活を守る回復力。変化に柔軟なプロセスを実現する。

この3つをコンセプトに産業界が回復力のある持続可能な人間中心の産業へと変革を遂げ, 株主だけではなく地球も含めたすべてのステークホルダへの長期的貢献が実現される世界を目指している。

 

5.計装の役割

計装を人間に例えると,センサが五感に対応し,アクチュエータが手足に,信号経路が神経に,そしてPLCやDCSを含むコンピュータが監視や制御・判断を行う脳に対応することになる。従来は,人間が実施する操作も多かったが,AIやIoTの発展によって,この脳や神経の部分の役割が従来と比べて格段に大きくなってきた。

製造業のスマート化に期待される計装の役割は多いが,代表的な役割の一部を以下に列挙する。

1)データ収集:計装機器は,生産プロセス内の様々なパラメータ(温度,圧力,流量,湿度など)をリアルタイムで計測し,データを収集する。これにより,生産プロセス全体の状態を正確に把握し,適切なタイミングで調整や修正を行うことが可能となる。

2)制御:計装機器は,収集したデータに基づいて生産プロセスを制御し,所望の目標値に調整する。たとえば,温度や圧力の制御,バルブやポンプの操作,流量の調整などが計装機器によって行われる。

3)モニタリング:計装機器は,生産プロセス中のパラメータの監視と制御を通じて,製品の品質やプロセスを監視する。異常や変動が検出されると,計装機器は警告などを発し,適切な措置を講じることになる。

4)安全性と規制遵守:計装機器は,生産プロセス中の安全性や規制遵守において重要な役割を果たす。安全弁やセンサなどの計装機器は,危険な状況が発生した場合に安全装置を作動させ,事故や損傷を防止する。

5)データ分析:計装機器から収集されたデータは, 高度なデータ分析や予防保全のために活用される。ビッグデータ解析や機械学習の技術を用いて,計装データから将来の故障やトラブルを予測し,予防的なメンテナンスを行う。

このように, 計装は製造業におけるスマート化において不可欠な役割を果たし, 生産プロセスの効率性,品質,安全性を向上させることに大きく貢献することになる。

6.おわりに

プラント操業のスマート化は,デジタル技術の活用といった側面が中心であった段階から人間中心のアプローチが重視されるように変化してきており,技術と人間が協力してより良い未来を築くための新しい機会を提供することが期待されるようになってきている。

計装技術は,製造業のスマート化全般において,プロセスの可視化,自動化,最適化を可能にする基盤となっている。正確で信頼性の高い計装システムを通じて,製造業はプロセスの効率化,安全性の向上,品質の向上,コスト削減や柔軟性の向上などを実現し,競争力を高めることができる。今後,製造業のさらなるスマート化に向けて,未来を志向した計装システムの開発と実装が大きく期待されている。

〈参考文献〉

1)情報処理推進機構IPA:『DX 白書2023』

2)EU,Industry 5.0 - Towards a sustainable, human-centric and resilient European industry,2021

東京農工大学 山下善之

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