【ユーザレポート】
ドローンを活用した設備点検の効率化,高度化と課題
1.はじめに
当社出光興産では,事業改革・DXの一環として設備点検の効率化,高度化を推進しており,その具体策の一つとして,高所における設備点検や自然災害(地震,台風など)発生後の緊急点検にドローンを活用する計画を進めている。特に近年の産業用ドローンは飛行安定性が向上し,高性能カメラ,各種センサを搭載することが可能となり,迅速な設備点検が期待されている1)。さらに,撮影した映像や画像をAI(人工知能)解析することで異常を早期発見し,設備点検の高度化を実現することができると考えられている3)。
このように,ドローンの活用には大きな期待が寄せられており,本稿では広範囲のエリアを対象としたタンクヤードの点検においてドローンを実際に活用し,その効果と運用上の課題を明確にした。
2.製油所におけるドローン活用
2.1 ドローンの目指す方向性
製油所におけるドローン活用の目指す方向性は,以下のように大きく4項目に整理できると考えている。
(1)点検の高度化
ドローンで撮影した画像を長期保存し,画像解析により画像データの数値化や腐食診断を活用することで,設備の異常を早期に検知することが期待できる。
(2)非常時の点検での活用
非常時(台風や地震など自然災害発生時,高所設備不具合発生時など)にはドローンを活用して迅速に点検を行うことで,早期に適切な意思決定や対策を行うことが期待できる。
(3)保全費の低減
高所設備点検時に足場を設けずに事前にドローンで不具合箇所を確認することで,工事する際の足場設置範囲を最小限に抑えることができるため,保全コストの削減が期待できる。
(4)高所点検の効率化
タンク上部などの高所や人の監視が届きにくい場所への点検を拡大することで,タンク等の高所に登っての点検を省略し,人による点検と比べて時間を大幅に削減することが期待できる。
2.2 ドローンの運用形態
事業所内でのドローン活用は,ドローン操縦にスキルを持たない人でも容易に運用ができるように自動航行*1)を想定しており,国土交通省が定義しているレベル2飛行で対応可能である(図1)。
ドローンの運用形態については,将来の運用として昼夜間を問わず目視外による完全自動化を目標(レベル3飛行)としているが,AIによる画像解析の開発,航空法および消防法の最新状況,運用面での安全対策,フィールド(特にタンクエリア)での高速無線通信インフラ構築の導入時期などを考慮し,年度ごとに運用形態を改善しながら段階的に実現することを計画している(図2)。
3.タンクエリアでのドローン活用:テスト運用
2022~2023年度にかけてタンクエリアを対象にドローンによる設備点検のテスト運用を開始した。
テストの主な目的は以下3項目である。
①ドローンによる点検が有効な事例を明確にする。
②点検に要する時間削減効果を確認する。
③運用する上での課題を明確にする。
なお,ドローンには光学ズームカメラとサーマルカメラ*2)の2種類装着し,飛行に際しては,同じルートで点検ができるようにドローンの自動航行ソフトを活用した。
3.1 光学ズームカメラを確認した点検結果
ドローンは上空からの確認が主となるため,タンク本体,附属配管および動機械類の外観点検については可能であり,光学ズーム画像による点検が有効なシーンとして主に以下が挙げられた。
(1)タンク上部側面の点検
タンク上部側面の点検は,地上からの目視では距離があるため困難であるが,光学ズーム機能を活用すればタンク上部の腐食状況を正確に確認することができた(表1のNo1)。
(2)タンクオープンベント(通気装置)の詰まり点検
人による点検ではタンクの上部に登りベント近くまで行かないと詰まりの状況を確認できないが,ドローンを活用すれば上空から容易に確認することができるため,短時間で多くのオープンベントの状態を確認することができた(表1のNo2)。
(3)浮き屋根タンクのルーフ点検
浮き屋根の点検は日常で行う点検以外に,地震や台風などでタンク上部に破損,漏れなどがないことを確認する必要がある。現状は人が登って確認することになり,タンクの数が多くなると相応の時間を要するが,ドローンを活用することで1度に多くのタンクの状態を確認することができるため従来の人による点検と比べて短時間で可能となった。
(4)活性汚泥設備点検
活性汚泥設備は,製造設備からの排水に含まれる有機物を微生物により酸化分解・凝集・吸着・沈殿分離する排水設備である。この排水設備にドローンによる撮影した画像で,油が混入していないこと,さらに排水を浄化する微生物の活性状況を水面の色相を撮影した画像で確認することができた。
3.2 サーマル画像を確認した点検結果
通常の目視による点検業務では,高所の漏えいやホットスポットの検知などの難しい点検にサーマル撮影による有効性を確認した。具体的には,通常の目視点検では確認が難しい配管の上部や下部の漏えい検知(表2のNo1),さらにタンクの本体と内容物の温度差がある場合に漏えい確認(表2のNo2)が可能であることがわかった。
3.3 ドローンによる点検が困難であった内容
(1)計器などの数値確認
タンク上部に設置している計器(圧力計)などは光学ズームを使用することで読み取ることは可能であるが,地上に設置しているポンプ,モータなど動機械の冷却水量,電流計の指示値は上空からでは確認が困難であった。
(2)動機械の潤滑油レベル確認
動機械の潤滑油レベル確認ができなかった。低空での飛行を行うことで可能な場所もあるが,配管などに衝突の恐れがあるため不可とした。
(3)動機械の異音・発熱
異音については上空からでは確認できなかったが,発熱に関しては,サーマル画像で確認することが可能である。
(4)ガス臭,油臭
上空からでは可燃性ガスの滞留,油の漏えいによる臭いを確認することはできなかった。
3.4 時間削減効果
設備点検でドローンを活用することで,決められた点検ルートに従い自動で飛行しながら撮影を完了し,その結果,点検時間を約5割削減することが可能となることがわかった。
しかし,実際にドローンを使ってみると(1)~(3)に示す問題が顕在化し,これらの時間を考慮すると,ドローンによる時間削減効果が相殺されることになった(図3)。ドローンによる時間削減効果を得るためには,これら課題を解決することが重要と考えており課題解決に向けて取り組む計画である。
(1)撮影画像の確認問題
撮影した画像をドローン本体のSDカードから取り出し,画像を確認する作業に時間がかかる。静止画像で撮影する場合は,サーマル画像,広角画像,ズーム画像の3枚が同時に保存されるため,たとえば10ヵ所撮影した場合は30枚保存される。さらに動画を撮影した場合は再生時間も考慮する必要がある。
(2)操縦人数と目視操縦の問題
ドローンの操縦には国土交通省航空局標準マニュアル2)に記載されている通り補助者を含めて2名での運用が必要であり,さらに飛行に際しては目視範囲内で行う必要がある。また広範囲のタンク点検を目視範囲内で実施する場合は,ドローンの飛行ルートに従い操縦者と補助者がドローンを見失わないように一緒に移動する必要がある。
(3)ドローンの準備・片付けの問題
ドローン自体の運搬や準備(充電,組み立て,飛行前点検など)と片付けに時間がかかる。通常ドローンはキャリーケースなどにコンパクトに収納されており,飛行場所への運搬後に,キャリーケースからドローン本体を取り出し,バッテリの装着,カメラ,センサ類の取り付け,取り付け後の異常の有無を確認する必要がある。飛行後の片付けも同様の作業が必要となる。
3.5 課題と対策
今回のドローンのテスト運用結果を踏まえ,以下の課題が明確となった。それら課題についての対策を検討した。
(1)撮影画像の確認問題
ドローンで撮影した画像を目視で確認するのではなく,AIを活用して自動的に異常の有無を判定する画像解析(差分解析)が必要である。差分解析については,4章で現状までの取り組みを紹介する。
(2)操縦人数と目視操縦の問題
補助者なしでの操縦や目視外飛行は国土交通省が定義しているレベル3飛行に該当する。国土交通省航空局標準マニュアル2)では,「飛行場所が人口集中地区にあっては,飛行させる無人航空機について,プロペラガードを装備して飛行させる。装備できない場合は,第三者が飛行経路下に入らないように監視及び注意喚起をする補助者を必ず配置し,万が一第三者が飛行経路下に接近または進入した場合は操縦者に適切に助言を行い,飛行を中止する等適切な安全措置をとる」と記載されている。
たとえば,対策としては製油所への入構者に対して,ドローンが飛行中であることを周知し,飛行エリアへの第三者の立入りを制限できれば補助者を付けずに1人での操縦,さらに有資格者に対して目視外での運用が可能となっている。
(3)ドローンの準備・片付けの問題
ドローンの準備・片付けの問題については,一般に市販されているドローン格納庫の導入を進める。ドローン格納庫には,Wi-Fi環境などを利用した自動発着装置,自動充電設備が備わったものがあり,運用に適しているかを検証する。
4.画像解析(差分解析)について
4.1 差分解析の必要性と実施内容
ドローンで撮影した膨大な画像を解析技術により自動的に正常と異常判定を行うことで,画像を確認する時間を短縮する必要がある。設備の異常状態は,タンクの錆,破損,油漏れ,ゴミの付着など様々な事象が考えられることから,異常状態を特定するのではなく,正常状態のパターンを記憶し,そこからのズレが大きくなると異常と判定する仕組み(教師データなしの画像解析)を構築する4)。
まずはPoC(Proof of Concept:概念実証)という位置づけで,可視画像(光学撮影)とサーマル画像それぞれ画像色の違いを検知し異常を検知できるかを検証した。
可視画像とサーマル画像に対して,解析技術の有効性がわかりやすい対象物を考慮して,以下を選定した(写真1)。
(1)可視画像(通常の撮影)
可視画像として活性汚泥設備を選定した。選定理由は微生物の活動状況と油膜は非常に重要であり,将来は目視ではなくAIによる自動判定が望まれる点と,油膜の有無や微生物の活性状況は,RGB(Red-Green-Blue color model)画像の色の変化などを手がかりに判定できる可能性があり,差分解析に適していると考えられるためである。
異常状態については過去に異常が発生した時の画像があるため,それを参考データとして使用した。
(2)サーマル画像
サーマル画像としてポンプ(動機械)を選定した。
選定理由は,ポンプ可動部(特にカップリング)の異常発熱は動機械の重大な故障につながるためである。
現状は触診かつ感覚での点検となっているため,AIによる自動判定が望まれる。加えて,ドローン撮影による多くの機器の異常発見につながることが期待できる。さらにポンプに関しては,異常時は温度の変化が顕著に現れるため,サーマル画像を用いた差分解析には適していると考えられるためである。検証ではカイロやペットボトルにお湯を入れたものをポンプに置いて異常状態を再現した。
4.2 PoC結果
ドローンによる空撮画像は,自動航行システムを利用し同じ場所で撮影を行ってもRTK*3)の精度に影響し画像にズレ(画角のズレ)が生じるため,差分解析前処理として画角調整が必要である。
(1)可視画像
油膜検知や微生物の活性状況については,画像差分解析による異常検知が可能であることが検証できた(図4)。ただし,教師データなしの画像解析であるため,正常画像に対して天候や時間帯などの光の当たり具合による誤検知があることがわかった。
そのため,天候や時間帯などのデータバリエーションを増やし判定精度を向上させる必要がある。PoCでは最低限のデータのみを使用して検証を実施しており,今後も運用を通じてデータ数を増やし,精度向上を図る計画である。
(2)サーマル画像
サーマル画像の場合,画像全体の温度が気象条件によって変化することがわかった。その対応として画角調整に加えて,ピクセルごとに天候情報を反映させる調整を実施し,画像差分解析を行うことで,設備の温度異常を検出可能であることを確認した(図5)。
サーマル画像の場合,撮影時の気象データを収集し,それを分析モデルに組み込む必要があることがわかった。
5.おわりに
ドローンによる設備点検は,主に高所など人が点検するのが難しい箇所を高所から網羅的に点検できるため,点検の効率化に対する期待が大きい。さらに,撮影した画像をAIによる画像解析を活用することで異常を早期に発見できる可能性もあり,設備の信頼性向上にも期待できると考えている。
一方で,実際に運用を始めると,本稿で説明したような課題があることがわかり,効果を出すためには,課題解決に向けてさらなる検討が必要である。また,点検業務の効率化,高度化を実現するには,ドローンだけではなく,設置が容易なIoT無線センサ5)や無線カメラ,さらに地上点検用のロボットなどと組み合わせる必要がある。
今後は,これらのツールを組み合わせて点検業務のさらなる効率化,高度化を実現する計画である。
注)
*1)自動航行とは,予め決められた飛行ルートに従って,自動飛行しながら決められた場所で自動的に撮影するシステム(自律飛行とも呼ぶ)
*2)サーマルカメラとは,カメラに届く赤外線信号の強度から判断して表面の温度を測定するカメラ。
*3)RTKとは(Real Time Kinematic)の略で,「相対測位」と呼ばれる測定方法のひとつ。固定局と移動局の2つの受信機で4つ以上の衛星から信号を受信する技術で,2つの受信機の間で情報をやりとりしてズレを補正することで,GPS(単独測位)よりも精度の高い位置情報を得ることができる。
〈参考文献〉
1)野波健蔵:「ドローン技術の現状と課題およびビジネス最前線」,『情報管理』,Vol.59,No.11(2017.2.)
2)『国土交通省航空局標準マニュアル01』(令和4年6月20日版)
3)藤吉弘亘:「機械学習の進展による画像認識技術の変遷」,『計測と制御』,第58巻,第4号(2019)
4)柳井啓司:「一般物体認識の現状と今後」,『情報処理学会論文誌コンピュータビジョンとイメージメティア』,48-SIG 16,1/24(2007)
5)工藤高裕,古市卓也,森田晃,「電池レス無線センサ」,『計測と制御』,第55巻,第12号(2016)
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