新シリーズ企画 安定・安全操業へのスマート計装の新たな潮流(Part1)

【ユーザレポート】

石油精製・石油化学プラントでの AIを活用した自動運転

1.はじめに

近年,日本国内における石油需要は自動車省燃費化,機器効率化,燃料転換,人口減少等を背景に減少著しい。また,人口減少は経済の根幹である労働力が減少することにもつながる。石油精製業もその影響を受ける例外ではない。特に技能習熟までに5~10年と比較的長期間を必要とする製油所の運転業務については,運転員の高年齢化,新規人材確保の困難化が懸念されている。製油所設備の高経年化によるトラブル発生のリスクが増す懸念もあり,今後,その需要を減らしつつも依然として経済活動に欠くことのできない石油を,安全かつ安定的に供給し続けることが,石油業界の最大の課題のひとつとなっている。

当社では,新たなエネルギー商品や化学製品,新サービスなどの成長事業を拡大する必要性を認識しつつ,その経営資源であるキャッシュを生み続ける事業として,石油精製を位置づけている。石油精製は,引き続き安全安定かつ効率的な操業を追求し続けなければならない状況である。そして,これを実現する手段として,デジタル技術が大きなカギとなってくる。

2.デジタル技術導入により期待される効果

製油所へのデジタル技術導入については,大きく分けて3つの効能が期待される。1つは,「トラブル削減」。2つ目は「業務効率化」。そして3つ目は「生産性向上」である。

トラブル削減は,直接的に機会損失の回避や補修費抑制のメリットがある。業務効率化では,技能を有する運転員の育成にかかるコストと時間が節減でき,また運転監視や巡回業務等にかかっていた時間を,運転改善や設備保全など別の有益な業務に振り分けることができる。生産性向上については,燃料等製品の製造コストを下げることが収益につながる。

当然これまでも,熟練運転員による精密な制御により,安定的かつ収益性の高い(たとえば投入エネルギーが少ない,製品性状のギブアウェイが小さい等の)運転は志向されてきたが,もしデジタル技術によって,その熟練運転員の技能をも上回る良質な運転ができれば,製品の製造コストはさらに低減できる可能性がある。

3.AIによる自動運転

3.1 石油化学:ブタジエン装置

製油所には大小様々な装置があり,当社9製油所の主だった装置だけでも数十~100以上になる。石油精製においては,常圧蒸留装置,水素化脱硫装置,接触分解装置,接触改質装置などの主要装置がいずれも自動運転化の対象になるのはもちろんであるが,まずは石油精製プラントの下流に位置する石油化学プラントの中で,合成ゴムやエンジニアリングプラスチック等の原料となるブタジエンを抽出する装置を対象にAI自動運転化を試みた。選定したのは川崎製油所ブタジエン装置である(写真1)。


写真1 川崎製油所ブタジエン装置
(左:制御室,右:プラント遠景)


ブタジエン抽出装置は石油精製の主要装置に対しては比較的小規模な装置であるが,熱交換,蒸留,抽出といった化学プロセス単位操作を一通り備え,AI自動運転モデル構築の第一目標として適した装置であった。

ブタジエン装置に取り付けられた総センサ数は数百個であり,運転員は重要な13の運転監視項目について注意を払いながら,それらが常時許容値を逸脱しないよう,9のバルブ制御を行っている。現実的には許容値を逸脱する前に,少し余裕代を持たせた上下限値で吹鳴するアラームが設置されている。実際の装置運転においては,平均的にひと月に数百回程度アラームが吹鳴して,都度運転員が手動介入操作・制御している。

この運転調整業務負荷は,装置によっても異なり,ブタジエン装置は比較的多くないほうであるが,ほかの装置では,原料性状・組成の大きな変化や反応熱の変動などで,熟練運転員による煩雑で緻密な制御を必要とするものも存在する。

AIモデルの目標は,AIが操作対象とする変数に関して運転員の手動介入操作が発生せず,経済合理性の高い運転が達成できている状態を目指して設定した。AI自動運転モデルは,先進的なAI技術を有するPreferred Networks社(以下,PFN)と共同で開発を行った。当社とPFNは,2019年に戦略的協業体制を構築し,共同で高度なプラント運転を自動化するAIシステムの開発に取り組み始めた。その第1号がブタジエン装置である。

このAIモデルは,温度,圧力,流量,製品性状といったブタジエン装置内のセンサのうち,安定的に装置を制御するうえで特に重要な13個のセンサの値をAIで予測する。これら13個のセンサ値が,事前に与えられた上下限値を超えないよう(つまりアラームが吹鳴しないよう),9個のバルブ操作量の推奨値を出力する。出力された推奨値は運転員に提示されるとともに,運転員も実際に用いる制御システムを介し,実際の装置に直接入力する。

こうしたプロセスの状態変化を観測・予測し,それに対応する制御操作を決定・出力するループを高頻度で繰り返すことにより,連続かつ安定的な制御を行う。

モデルのAI構築にあたって使用する機械学習データは,過去のブタジエン装置のセンサ数百個の数千時間分の運転データと,本装置を模擬した運転訓練用などに利用する仮想プラントシミュレータの出力データとした。シミュレータで仮想的に条件変動等を行った模擬データおよび実際のプロセス運転データを用いて,予測,推奨操作提示,さらにその後の予測というループが可能なプロトタイプの構築を行い,最終的に実際のプロセス運転を予測できるものであることを確認した。図1に学習の概念を示す。


図1 シミュレータと実プラントデータからの機械学習によるAIモデル構築イメージ


ここで留意しなければならなかったのは,シミュレータは比較的大きな運転条件変動が制限なく行えるので,実装置運転データより振り幅が大きいデータを作成できる半面,あくまでシミュレーション結果は実装置と完全に符合するものではないという点であった。そこで,まずシミュレータの運転を再現できるようにAIモデルの構造を決定したうえで,実装置データも学習させた。さらに,運転員の経験に基づく感覚と比べて不整合な予測・制御をAIモデルが出力するような場合には,化学工学的に正しくない制御を制限するような工夫もAIモデルに加味した。

また,一般にAIによる機器制御で課題となるのは,ブラックボックス化である。なぜAIがこの予測・推奨操作を行うのか人間にまったく理解できなくなれば,結果としてうまく運転されたとしても信頼性が向上したとは言えないし,いつ誤った操作を行うかの懸念も払拭できない。この点については,AIモデルが,何を根拠にバルブ操作を推奨したのかが人間にもわかるよう,「このセンサ値を安定化させるため,このバルブ操作を推奨する」という因果関係を視覚化する工夫を行った。

図2にAI自動運転の状況を示す。縦軸は,製品性状に関係するあるセンサ値で,これが高すぎると上限アラームが吹鳴する(アラーム上限値は製品性状逸脱のレベルよりはやや低く設定されている)。


図2 運転条件変動を与えた時のセンサ値,AI予測値推移


図中で現在時刻としているタイミングで,装置にある運転条件変動を与えた。するとAIモデルは,このまま無操作の場合は数時間後に当該センサ値が上限値を超えると予測し,さらにいくつかのバルブ操作をすることでスムーズにセンサ値の上昇を抑制して安定運転を継続できると推奨し,推奨操作を施した場合の予測値も出力した。

その後,数時間経過後までの当該センサ値の実績値推移を図3に示す。AIモデルによる予測と制御により,センサ値はアラームが吹鳴する上限値に抵触することなく,安定的に運転を継続できた状況を表している。


図3 運転条件変動を与えてから数時間後までのセンサ実績推移


図4は,ある運転重要因子(製品性状監視指標)の推移を示したものである。横軸は期間で,数日間である。本AIモデルは各種外乱存在下でも安定的に制御することができており,手動操作と比較して変動幅が小さく抑えられている。また,アラームを吹鳴するようなセンサ値の上限値抵触もほとんど見られなくなり,安定性が改善している。アラーム吹鳴頻度は期間中数十分の1に低減されているので,効果の1つは,都度運転員が手動介入操作をする業務が格段に省力化されていると言える。


図4 プラント自動運転AIシステム稼働前後の運転重要因子(製品性状値)の制御性


また,もう1つの効果として,装置の経済性を向上させることができる。一般的に生産プロセスでは,製品スペックに対する余裕代が過剰になればなるほど経済性は悪化するため,変動幅が小さくなる効果を見越してアラーム上限設定値を変更し,より品質管理上限値に近いところを目指した運転を行うことができる。

3.2石油精製:常圧蒸留装置

当社では,ブタジエン装置に続き常圧蒸留装置のAI開発にも着手している。

常圧蒸留装置は石油精製を代表する大規模な装置であり,総センサ数は1,000個程度と非常に多く,格段に運転制御の複雑度が増す。これに加え,原料が原油であり,数日に1度の原油種切り替えにおける性状変化が大きいため,AIモデル構築の難易度は格段に上昇する。定常運転時は既存のAPC(Advanced Process Controller:半自動の運転制御システム)により,さほど頻繁なアラーム吹鳴は起こらないが,原油種切り替え時には,やはり手動操作による運転静定に長時間を要する場合もある。この静定までの時間は,いわば経済最適点での運転ができていないことになるため,AI自動運転でスムーズかつ短時間の静定を実現することを目的にAIモデルの開発に着手した。

常圧蒸留装置のAIモデルは定常時および原油種切り替え時を問わず30以上の重要運転因子を手動介入することなく安定的に制御することができ,2023年度より常時使用を開始している。

図5は常圧蒸留装置における操作変数の手動介入回数(1日平均)であるが,本AIモデルの導入により,AI操作対象外の変数についても手動介入が半減している。


図5 操作変数の手動介入回数(1日平均)


4.終わりに

製油所には,ブタジエン装置や常圧蒸留装置以外にも直接脱硫装置,接触分解装置,接触改質装置などの主要装置が存在する。川崎製油所ブタジエン装置および常圧蒸留装置のAI自動運転は,上述のように常時使用を開始しているが,当社では引き続いて他の主要装置の自動運転モデルの構築や社内の常圧蒸留装置への展開にも順次着手してゆく。

当社の多くの装置には,すでにAPCが導入されたり,反応速度論に基づくシミュレーション技術での運転予測が活用されたりしているものも多いが,AIモデルを構築して自動運転に適用することで,人間+APCのレベルを超えた運転安定化・最適化を目指し,安全性と経済性をより高めることを最終目標としている。なおAPCは,構築までに多くの実装置テストランデータが必要になるが,AIモデルはそれが不要であることも利点の1つである。

多くの主要装置がAI自動運転化されると,人間の介入操作・運転調整業務が省力化される。そこで生まれた人間の余裕代を,トラブル低減や生産性向上などを目的とするほかの業務に振り向けることもできるため,AI自動運転はそうした部分でも,保安力の向上や製油所競争力強化に大きく貢献できることが期待される。

ENEOS 小林大地

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