スマート設備管理へのセンシング/システム技術の適用視点

【トレンド】

IIoTセンサによるスチームトラップ監視の効率化とGHG削減への貢献

1.はじめに

1)世界のエネルギー事情(GHG削減の取り組み)

現在,地球規模の環境に関して脱炭素社会の推進に向けた化石燃料使用量の削減が喫緊の課題として世界中で議論されている。また,燃料費の高騰から,効率的なエネルギー利用,省エネが求められている。

2)工場での蒸気エネルギー使用

産業分野では,蒸気は高効率かつ制御しやすい熱源であり安全に使用することが可能であるとして,生産物の加熱や空調などの目的で広く使われている。現在,熱需要の多い工場における熱の有効利用と廃棄物(二酸化炭素)の削減が課題となっている。

3)蒸気システムでの“スチームトラップ”の役割

プラントでの蒸気は,図1のようにボイラで集中的に生産され,蒸気配管を通じて設備(生産設備,空調設備など)に供給される。ここで,蒸気の効率利用のために重要な設備がスチームトラップである。


図1 プラントにおける蒸気システムの例(出典: Armstrong社提供)


スチームトラップは,蒸気システムの中で,蒸気と蒸気が冷えて生成したドレン(凝縮水)を自動的に分離する設備である。この設備は排出する弁でドレンのみを排出し,エネルギーとしての蒸気は排出しない機能を持つ。このため,スチームトラップは熱を分配する過程でのエネルギーロスに影響を与える非常に重要な設備である。

2.プラントにおける問題点

1)スチームトラップ故障によるプラントへの影響

スチームトラップは工場のいたるところで使用されており,プラント内には膨大な数のスチームトラップが使用されている。スチームトラップは多くが機械的な装置であり,高温高圧環境で連続使用されるため2~8年の短寿命である。このため故障が頻繁に発生する。スチームトラップの故障(蒸気漏れやドレン詰まり)により,想定した効果が得られなくなり,下記の現象が発生する。

・蒸気漏れ:

-ドレン回収ラインの圧力が上昇し,周囲のトラップや熱交換器の動作に影響

-スチームロス(金銭的なロス) や環境面への影響(エネルギーむだ遣い)

-安全性へのリスク(高温蒸気の吹き出し)

・ドレン詰まり:

-蒸気の温度低下による熱輸送効率の悪化,熱交換器への水の流入

-蒸気圧の低下による蒸気温度低下

-ウオーターハンマによるスチーム配管の損傷

-水,二酸化炭素から生成される炭酸による配管の腐食

これらの故障により,蒸気が冷却されプラントの生産物が十分加熱されなくなり生産品質に影響する。この時,ボイラは一定温度の蒸気を供給するよう運転されるため,蒸気の量と温度を維持するには,より多くの燃料を消費する可能性があり,エネルギーロスが発生する。

2)蒸気ロスの発生による金銭的損失

スチームトラップの故障による損失額は,工場の規模にもよるが,一般的に工場全体で年間数百から数千万円に及ぶと認識されている。スチームトラップの故障により1年間蒸気漏れした場合の蒸気ロス量は300トン,蒸気ロス金額は150万円と推定される。

ここで,シミュレーション条件は,オリフィス径=5mm,蒸気圧(入口)=1MPa,蒸気圧(出口)=0.8MPa,用途=熱交換器,蒸気コスト=5000円/トンとして換算した。

3)スチームトラップ監視の問題点

多数のスチームトラップがプラントに設置され散在している。スチームトラップは蒸気システムにとって重要な設備という認識はあるが,すべての故障がプラントの停止につながるわけではない。設備監視への投資はコストとして抑える必要があり,監視やメンテナンスへの投資意欲は低く,現実的には,スチーム関係の設備は,適切に管理されていないケースが多い。

現在は,多くの場合,多数のスチームトラップを日常的に作業員が聴覚・視覚・触覚を使い巡回点検で監視している。巡回点検には大変な労力・コストを要することや,点検しにくい場所に設置されることもあり,頻度の高い監視ができていない。このため,プラントのスチームトラップは,毎年5%から15%は故障していると言われている1)。この結果,故障したスチームトラップを放置することにより損失額が認識されずに大きなエネルギーロスや蒸気設備トラブルが発生しているのが現状である。

3.スチームトラップ監視の課題

健全なプラントの蒸気システム運用には,スチームトラップ監視の重要性を認識することである。スチームトラップ監視の頻度を上げ,故障を早期に検出し,直ちに必要なスチームトラップのメンテナンスを行うことである。そのための課題を以下に記す。

1)スチームトラップ監視の効率化

巡回点検から自動監視システム(カバレッジ拡大,高頻度化)へのシフト,および監視の人依存脱却

2)スチームトラップ状態の情報シェア

スチームトラップ故障状態の可視化と適切な保全管理,および蒸気ロスとCO2削減の可視化と管理

4.解決策(ソリューション)

これらの課題を解決するソリューションは,「IoT無線センサを用いた遠隔自動監視によるスチームトラップの異常(蒸気漏れと詰まり)状態の監視,検知,通知」である。具体的なソリューションとして,当社は「Sushi Sensor:無線スチームトラップ監視デバイス」の採用を提案する。

4.1 Sushi Sensor

Sushi Sensorとは,広域なプラント内に設置された設備の状態をオンラインで定常的に監視し,設備の異常兆候「いつもと違う」を早期に捉える設備の監視ソリューションである(図2)。


図2 「Sushi Sensor」のシステム構成


Sushi Sensorの特長は,

・長距離通信・広域カバレッジ:LoRaWAN無線インフラ,配線工事不要,長寿命電池駆動,無線インフラを意識しない簡単設置,簡単運用

・優れた耐環境性(防塵防水IP66/67・防爆*)

(*無線スチームトラップ監視デバイスは申請中)

・多様なセンサポートフォリオ(振動,温度,圧力,スチームトラップ状態)

・クラウド環境対応による情報の集約管理:リモートアクセス,各種アプリ対応(オンプレ環境も対応)

今回,Sushi Sensorのポートフォリオに,蒸気システムのスチームトラップの状態を判定する無線スチームトラップ監視デバイスが新たに追加された。

4.2 無線スチームトラップ監視デバイス

無線スチームトラップ監視デバイスとは,図3のように電池駆動の「XS110A」無線通信モジュールと「XS822」スチームトラップ監視モジュールを組み合わせることで無線スチームトラップ監視デバイスとして動作する。本デバイスをスチームトラップが取り付けられている配管に設置することにより,スチームトラップの故障状態を検知することができる。故障が検出されたスチームトラップに対し迅速にメンテナンスを行うことにより,設備故障のリスク低減やエネルギー効率の改善が期待できる。


図3 無線スチームトラップ監視デバイスの構成


無線スチームトラップ監視デバイスの主な特長を示す。

(1)音響/温度センサ

音響/温度センサは,多様な形式のスチームトラップの故障検知に対応できる。図4~6にフロート型スチームトラップを例にして正常・故障状態の判定について説明する。

①正常状態(図4)


図4 正常状態のスチームトラップ


正常状態のスチームトラップはドレンを適切に排出し,ドレンがなくなったら蒸気の漏れを防ぐ動作をする。温度が蒸気温度に近く,蒸気が漏れた音が発生していない場合にスチームトラップ監視モジュールは正常と判定する。

②詰まり状態(図5)


図5 詰まり状態のスチームトラップ


ドレンが排出されない詰まりの発生したスチームトラップではドレンの温度が周囲温度に近づき,蒸気温度よりも低くなる。温度センサが,その温度を判定することにより詰まりを検知する。

③蒸気漏れ状態(図6)


図6 蒸気漏れ状態のスチームトラップ


蒸気漏れが発生すると,蒸気がスチームトラップを通過する際に音が発生する。音響センサが,その音をとらえることにより蒸気漏れを検知する。

(2)専用ウェーブガイド

図7のように専用ウェーブガイドを配管に挟んで固定するため複雑な工事が不要となり,様々な配管径の既設設備に簡単に取り付けることができる。また,ヒートシンクを取り付けることにより最高蒸気温度440℃以下の環境で使用できる。


図7 専用ウェーブガイドによる設置


5.活用メリット

Sushi Sensorはこれまで設備監視分野をターゲットに置いていた。従来のSushi Sensorとしての導入効果を記す。

・スチームトラップ監視のトータルコストダウン:

設備状態を自動収集し,オンライン化することにより巡回点検工数の削減,設備リスク把握によるバランスの取れた設備保全と設備の延命,広域カバレッジによる無線ネットワーク構築費用の削減

・設備点検品質の向上:設備状態,点検結果の可視化,定量化により人依存の点検品質のばらつき低減

・早期検知でトラブルの未然防止:スチームトラップの状態監視により異常「詰まり」「蒸気漏れ」を早期検知し,見逃しを回避,予期せぬシャットダウン防止

無線スチームトラップ監視デバイスは,スチームトラップの状態を検知して適切にメンテナンスすることにより,スチームトラップの効果を維持し,故障放置期間を短縮することができる。

 

6.今後の展開について

当社は,スチームトラップの状態に応じたエネルギー損失推定金額を算出し,リスクの高い設備から優先的にメンテナンスを行う保全計画を策定できるソリューションを提供する予定である。このソリューションは,下記の機能を持つ。

・スチームトラップ台帳:監視しているスチームトラップの一覧を表示

・定期レポート(月1回)によるエネルギー監視パッケージの提供:蒸気ロス・CO2排出量/エネルギー損失金額を算出,トレンド表示,月毎の予測の推移表示

・スチームトラップ交換の2つの優先順位の提供

1)スチームトラップ状態から優先順位を特定

2)推定ロス金額のソート機能から優先順位を特定

このソリューションにより,Sushi Sensorは設備の状態監視用途に加え,下記の導入効果が期待される。

・蒸気システムの安全性の確保:故障,破損などの潜在的なリスクを低減し,トラブル発生を未然に防止

・生産効率と製品品質を向上:プラント操業に影響を与える蒸気システムの熱効率を維持

・プラントの省エネルギー化推進:エネルギー損失リスクの把握と炭素排出量の削減

これにより,SDGs/ESGや環境・安全分野におけるサステナブルな活動,エネルギーロスとGHGの削減目標達成,水資源などの社会課題解決への貢献,および生産改善,製品品質の安定,持続可能な操業への貢献が期待される。

これらのため,Sushi Sensorはエネルギーロスの監視,環境保全に貢献するという位置付けの製品として,この分野への展開が可能となった。

7.おわりに

Sushi Sensor「無線スチームトラップ監視デバイス」は,以下の業務改善が期待される。

・長距離無線通信でプラント全体にわたる大量のスチームトラップを一括で監視するシステムを高い費用対効果で導入できる。

・スチームトラップの状態および蒸気ロス量をベースとした保全計画を立案することで,保全業務の高効率化と,最適化を図ることができる。

・スチームトラップ異常の早期発見により,エネルギーロスや運転ロスを削減し,ユーザのSDGsやESD活動に直接貢献する。

さらに,設備状態の見える化(可視化),設備監視(管理),エネルギー監視業務のDX化による業務フローの改善が期待される2)。

今後,当社横河電機は利便性の高いソリューションを提供することにより,ESG経営を目指すユーザの地球温暖化ガスの排出量削減に貢献していく。

〈参考文献〉

1)MORE EFFECTIVE STEAM TRAP SURVEYS: Armstrong

2)北島昭郎,他:「センスメイキングを実現する IIoT ソリューション“Sushi Sensor」,『横河技報』,Vol.62,No.2(2019)

注)

・「Sushi Sensor」は,横河電機㈱の登録商標である。

・「LoRa」は,Semtech Corporation の登録商標,「LoRaWAN」は商標である。

・本文中で使用されている会社名,団体名,商品名およびロゴ等は,各社または各団体の登録商標または商標である。

横河電機 島村智美/杉崎隆之

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