操業革新へ向けたスマート計装の近未来展望

【トレンド】

操業データのスマートな活用のための データ・プラットフォーム

1.はじめに

昨今のプラントでは,制御システムの高度化,IoTセンサの導入,ラボ分析の自動化の進展などによって,プラントの操業において利用可能なリアルタイム情報の量は増加の一途を辿っている。しかしながら,それらの情報を有効に活用するためには,操業の担当者自身が操業データを自在にハンドリングできるデータ・プラットフォームの仕組みが不可欠である。

多くのプラントにおいて操業データの収集・保存・活用を目的として導入されているヒストリアンや,一部で導入の始まっているデータレイクなどは,その回答の一部かもしれないが,操業データの真にスマートな活用のためには,これらとは別の新しいコンセプトに基づくデータ・プラットフォームが必要とされている。

本稿では,そのようなデータ・プラットフォームの提供すべき機能要件について考察すると共に,その先進的な実装例についても概観する。

2.OTデータとITデータの利用の現状

プラントの操業データは,プラントの運転監視・制御のレベルで発生する運転データ(OTデータ)と,それより上位の操業管理業務,すなわち生産管理,品質管理,設備管理,安全管理,などの業務で発生する操業データ(ITデータ)の二種類に大別できる。OTデータとITデータの間には多くの関連があり,これらを相互に積極的に関連付けることで,スマートなデータ活用の機会が増加する。

以下では,これらのデータの業務改善への利用の現状につい概観し,利用を促進する上での問題点について考察するものとする。

2.1 OTデータの利用の現状

DCSやPLCなどの制御システムにおける流量,温度,圧力,レベル等の計測ポイントに対して一定の周期で収集される計測データは,プラントの運転データ(OTデータ)の中核をなすものであり,図1に示すように,多くの場合ヒストリアンと呼ばれるデータ収集・保存・提供のためのソフトウェアに時系列のタグデータとして保存される。

ヒストリアンは,最新の計測データおよび過去の任意の指定期間のデータを,簡単に読み出すことができるようになっており,読み出された時系列データは,プラント運転の現状を示すリアルタイムデータとして,また過去の運転の詳細を示すヒストリカルデータとして,目的に沿って様々な方法で利用されている。

図1ではヒストリアンに収集されるデータの典型的な利用方法も示している。ヒストリアンに保存されているリアルタイムおよびヒストリカルのデータの最も標準的な利用形態は,ヒストリアン自身またはサードパーティが提供するグラフィクス画面を通じて,プラント内の作業者がリアルタイムの運転データを監視できるようにすることや,日々の運転状況のサマリレポートの自動作成に利用することである。


図1 ヒストリアンを使用したOTデータの収集と利用


さらに最近では,制御ループの性能の自動または半自動での分析・評価,プロセスを構成する個別機器のリアルタイムでの性能評価,厳密モデルによるプロセス全体の運転条件の最適化,ML/AIモデルの適用による異常検知や運転改善など,ヒストリアンに収集された時系列データをサードパーティ製あるいは自社製の高度なアプリケーションに提供することにより,よりスマートな活用を図るケースが増加している。

しかし,ヒストリアンに保存されるデータの,より実務上重要な利用方法としては,ヒストリアンのデータをExcel等のスプレッドシートにダウンロードして,スプレッドシート上でデータの分析・加工・レポート作成等を行うケースがある。Excel上でデータ処理を行うことの利点としては,ヒストリアンからのデータの任意の選択とダウンロードが個別ユーザにより容易に実行できること,ダウンロード以降のデータ操作はExcelなので誰もが習熟していること,さらには,他のシステムからの任意の形式のダウンロードデータやマニュアル入力データも,Excelに取り込むことで容易にデータ処理に含めることができること,などが挙げられる。

このように,ヒストリアンとExcelの組合せによるデータ処理の利便性の高さは,運転データ(時系列データ)の利用の促進に大きく貢献していると言えるが,一方ではデータ処理のプロセスは属人的となりがちで,業務システムとしての運用には不向きである,といった問題も指摘されている。最近のヒストリアンには,通常のデータベースのテーブルデータやバイナリデータも扱えるよう機能が拡張されたものもあるが,現行のExcel処理の全てを置き換えるのは難しいかもしれない。Excel処理の問題を解決するための手段については,後の章において検討する。

2.2 ITデータの利用の現状

プラントの操業管理システムは,多くの場合生産管理,品質管理,設備管理,在庫管理,安全管理などの業務ことにシステム化が行われている。また,本社の基幹系システム(ERP/SCM)についても同様である。それぞれの業務カテゴリについて複数の市販のソフトウェアパッケージが利用可能であり,実際多くのプラントにおいて,各カテゴリの業務について自社の業務に適合したソフトウェアパッケージが選択され,導入されている。

一般的に,システム化された各管理業務においては,その運用の過程で操業データ(ITデータ)が多くの場合不定期のイベントとして発生し,各管理システムのデータベースに発生時刻のタイムスタンプ付きで保存される。

図2は,このようにして各操業管理システムや基幹系システムに保存されている操業データ(ITデータ)の利用方法の現状を示したものである。操業管理システムや基幹系システムは,市販のEAIツール(アプリケーション間連携用ツール)やETLツール(データの抽出・変換・保存用ツール)などを介することで,それらの操業データを利用する種々のアプリケーションとの連携が可能である。また,最近の汎用のデータ分析ツールやML/AIツールは,これらの操業データを直接データソースの管理システムから読み出す機能を提供している場合も多い。


図2 操業管理システムの保有するITデータの利用


しかし,操業データを利用するアプリケーションの数が増加すると,操業管理システムとの間のインタフェースが増加して操業管理システムのデータ転送負荷の増大や操業データの保存場所の過度の冗長化といった問題も予想される。このような問題を避けるため,データレイクと呼ばれる,種々の操業データを一括して集中管理可能な保存エリアを用意するケースも見られるが,それほど一般的とは言えない。

操業管理システムからデータを取得して利用する場合には,どのテーブルのどのフィールドのデータをどういう条件で読み込むべきかといった詳細を,データ利用のニーズに合わせて決める必要があり,運転データ(OTデータ)の場合よりもかなり複雑なデータ収集のための定義作業が必要となる。操業管理システムや基幹系システムからの操業データ(ITデータ)の収集と活用は,現状ではこれらの必要な作業の煩雑さや,運転データ(OTデータ)に対するヒストリアンの場合のような標準的なツールが普及していないこともあって,それほど進展していないと言える。

このことは,操業データ(ITデータ)と関連付けて利用したい運転データ(OTデータ)の活用の促進においても障害となっていると言えるであろう。操業管理システムの保有する操業データ(ITデータ)に関して,より簡便かつシンプルなデータ収集と保存およびOTデータとの容易な連携を可能とするデータ処理環境が望まれている。

 

3.OTデータとITデータの共通のデータ・プラットフォーム

前章において説明したように,プラントの運転データ(OTデータ)の利用に関しては,多くのプラントでヒストリアンが大きな役割を果たしている。だが,ヒストリアンは時系列データの処理を主眼として開発されたシステムなので,操業データ(ITデータ)のような時系列データ以外のデータとのデータの融合による処理が必要な場合には,Excelなどのツールを使ったオフラインのマニュアル処理に頼るケースが依然として多いことが問題として指摘されている。

一方,操業管理システムや基幹系システムの保有する操業データ(ITデータ)の利用に関しては,システムのデータベースとの容易な接続,必要なデータの選択的な抽出・処理・保存の機能の容易な設定,そして任意のアプリケーションへの容易なデータ提供,といった汎用機能を一括して提供できるツールがなかったため,様々なツールの継ぎはぎだらけのシステムとなって操業データ(ITデータ)の利用の促進が妨げられていることが問題視されている。

以上のことから,プラントの運転データ(OTデータ)と操業データ(ITデータ)の有効利用を現在以上に促進するためには,図3に示すような新しいコンセプトのデータ・プラットフォームが必要とされていることがわかる。


図3 OTデータとITデータの共通のデータ・プラットフォーム


この新しいコンセプトのデータ・プラットフォームは,少なくとも以下のような基本要件を満足する必要がある。

(1)主に制御システムから収集される時系列の運転データ(OTデータ)と操業管理システム等に保存されているテーブル形式の操業データ(ITデータ)を,同一のデータ・プラットフォーム上に読み込んで,自由に処理できる環境を提供すること。

(2)運転データ(OTデータ)の収集・保存・提供のためのヒストリアンが既に導入されている場合は,そのヒストリアン経由でOTデータを本データ・プラットフォームに取り込むこともできること。

(3)操業管理システム(MES)や基幹系システム(ERP)からのITデータの収集に関しては,最小限のITに関する知識とソフトウェア操作により,必要なデータの選択・収集・保存の機能の設定が可能となること。

(4)時系列データ(OTデータ)と時刻フィールドを含むテーブルデータ(ITデータ)は,相互に変換可能なこと。

(5)収集・保存されたOTデータおよびITデータは,それらのデータを利用する外部のシステム(分析・可視化ツール,クラウドストレージ,ML/AIツールなど)が,標準的なデータアクセス手法(REST API,ODBC,etc.)により容易に最新データを取得できること。また,必要な場合には外部のシステムのデータ保存エリアに必要なデータを送信することも可能であること。

4.次世代型のデータ・プラットフォーム「UNLSH(アンリーシュ)」

本章では,第3章において示した基本要件を満足するデータ・プラットフォームの一例として,dDriven社の開発したディジタル・ファクトリ・プットフォーム「UNLSH(アンリーシュ)」について紹介する。

このデータ・プラットフォームは,第3章の基本要件(1)~(5)に加えて,以下のような先進的なデータ処理機能も提供することができる。

(6)収集されたデータに対して,コード変換,データの健全性のチェック,単位換算,初等関数による演算,などのデータ検証・整形の処理を,容易に定義することができること。

(7)意味を持つデータの属性の集合をクラスとして定義することにより,工場全体の構造を任意の観点で反映したデータモデルの構築(データのコンテキスト化)をすることができること。工場全体のアセットモデルあるいはデジタルツインの構築を行いたい場合に必須となる機能。

(8)上記の(1)~(7)の設定操作は,ITの専門的な知識を必要とせず,全てノーコードで容易かつ短時間で実施可能なこと。

図4は,UNLSHの機能を模式的に示したものである。本図に示されるデータ処理に関する5つの機能(①収集・保存,②検証・整形,③IT-OT変換,④コンテキスト化,⑤提供)は,具体的には上記の(1)~(8)の要件を満たす機能として用意されている。


図4 ディジタル・ファクトリ・プラットフォーム「UNLSH」の機能


UNLSHは,OTデータとITデータの共通のプラットフォームとして,通常のプラントで利用されているほとんどの制御システムやヒストリアンからの運転データ(OTデータ)の収集と,ほとんどの操業管理システム(MES)や企業基幹システム(ERP)からの操業データ(ITデータ)の収集に対応可能な,標準のインタフェースを用意している。

また,必要な内部処理を施すことで直ちに利用可能なよう整形されたIT/OTデータを可視化ツールやML/AIツールへ提供したり,最小限の処理後のバルクのデータをクラウド上へアップロードしたりすることも,標準的なインタフェースを通じて実行可能となっている。

つまりUNLSHは,データ収集時にはデータ源の種類やタイプに依存せず,データ提供時にもデータ利用者の様々な要求に柔軟に対応可能な,”Any-to-Any”のデータ・プラットフォームとして機能することができる。また,その機能の構築は,データ処理の各ステップについて提供されるワークベンチ上で,ノーコードで実施することができるため,機能構築に要する作業量の劇的な削減を可能としている。さらに,機能構築におけるITの専門知識がほぼ不要であることから,現業部門のエンジニアが直接機能の構築や保守を担当可能であることも,データ利用の促進を図る上で大きな利点である。

UNLSHのこれらの機能を使って構築された操業データのスマートな活用の事例のいくつかを,以下で紹介する。

4.1 ガス処理プラントの全体監視の事例

図5に,ガス処理プラントの全体監視用画面の例を示す。この画面では,制御システムから取得される運転データ(時系列データ)の現在値のグラフィック上での表示以外に,システムのセキュリティ,安全設備の状況,製品の生産量・品質等の情報を,画面の下部に合わせて表示している。プラントで働く人の誰もが,マネジメントレベルの人も含め,プラントの状況をいつでもリアルタイムで把握できるようにするのがこの画面の目的である。


図5 ガス処理プラント全体監視画面


UNLSHは,この画面に表示される全てのデータをバックグラウンドで準備して,画面表示ツールに渡している。

4.2 ナフサ分解炉の運転状況監視の事例

図6は,エチレン製造プラントにおけるナフサ分解炉の運転状況監視画面の例である。この画面では,ナフサ分解炉(並列する複数の分解炉の内の1基)の主要な運転条件のリアルタイム表示に加えて,運転条件の時系列変化や運転統計値,異常検知の状況,最適設定値の推奨値,など様々な運転支援のための情報を一括して表示する画面として構成されている。


図6 ナフサ分解炉の運転状況監視画面


この画面に表示される情報のいくつかは,高度な演算やML/AIアプリケーションによる推定結果などを含むため,バックグラウンドでの演算やシステム間の複雑なデータの授受が発生しているが,UNLSHはそれらのデータの授受を一括して管理できるため,この事例のように,高度に情報の集積した画面の作成を可能としている。

5.おわりに

以上で見てきたように,プラントの操業データのスマートな活用を推進するためには,OTデータとITデータを共通のプラットフォーム上で自由かつ容易に扱うことができることが重要である。また,そのプラットフォームは,ITの専門的な知識を必要としないノーコードの開発環境であることが望ましい。実際のところ,操業データのスマートな活用の具体化を,現業部門のエンジニア以外の人が考案できるとは思えない。もしそうなら,そのデータ処理プロセスの実装と保守も,現業部門のエンジニアが主体となって行うのが効率的である。ただし,実装と保守のためのツールの使用方法の習得が容易であることがその前提となるであろう。

dDriven社の推奨するノーコードのディジタル・ファクトリー・プラットフォーム「UNLSH(アンリーシュ)」は,そのような操業データの活用推進のためのツールとして最適なもののひとつであり,操業データの活用における現状の問題点の多くを解決することが期待できるツールである。

ライジングサン 小崎恭寿男

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