【トレンド】
ビッグデータを活用した O&Mの最適化によるサステナビリティ推進
1.はじめに
「サステナビリティ」というと,脱炭素のような気候変動に関する用語のように誤解されることが多いが,本来サステナビリティは「持続可能性」であり,人間・社会・地球環境の持続可能な発展を実現することを指す言葉となっている。無論脱炭素化による地球環境保護は重要な課題であるが,人間や社会を考慮した戦略を立てることが重要であり,本稿では人・社会に主点を置きシュナイダーエレクトリックで提案しているオペレーションとメンテナンスを支援するDXソリューションを二つ紹介する。
2.サステナビリティに向けたニーズ
プロセスオートメーションの世界ではサステナビリティに向けた多くの施策があり,代表的なものとして以下が上げられる。
①エネルギー効率の改善
②プロセスの最適化
③資産管理
④二酸化炭素の排出量削減
⑤廃棄物の最小化
⑥節水
⑦再生可能エネルギーの活用
これらの施策の実行にあたり共通して必要不可欠なのがデータである。プロセスプラントではプロセス制御や安全操業向けにデータが活用されてきたが,昨今はこれらのデータをITレベルで収集・分析,OTレベルに戻しオペレーションを改善することでサステナビリティ施策を実行するケースが増えている。これがいわゆるプラント業界におけるビッグデータの活用方法であるが,具体的なデータの有効活用に関しては試行錯誤が続いている。
同時に日本では稼働年数が30年を超えるプラントが増えているが,よりエネルギー効率の良い最新設備に置き換える経済的余裕がないケースが大半である。海外の新しいプラントとの競争力を維持するには既設プラントの最適化が急務となる。また高齢化社会による人材不足も深刻化しており,ベテランの技術継承や人的資源の最適化も課題である。
上記のような状況下の日本ではより一層ビッグデータの活用が求められている。地球環境に加え,持続可能な発展に必要な人間・社会視点の課題に対しシュナイダーエレクトリックでは様々なソリューションを展開しているが,その中でもビッグデータを活用したモデル予測型の高度プロセス制御Advanced Process Control(APC)と設備資産の信頼性,パフォーマンス,安全性を向上させるPredictive Analyticsを紹介する。
3.オペレータを支援する高度プロセス制御
3.1 APCとは
プロセスプラントは,数多くのコントローラがセンサやプログラムなどを介して自動制御されているが,スタートアップ時や運転状況に応じてオペレータの介入が必要となる。この時ベテランのオペレータはプロセスプラントの特徴を熟知しており,過去の運転経験よりセンサなどの数値が変化する前からプロセスの挙動を把握した上で運転操作を行っている。大ベテランとなると様々な機器の特徴とそれらの干渉要素を把握していて,外気温や天候などの外的要因による影響も加味したノウハウを持ち合わせている。にもかかわらず,海外のプラントなどではオペレータの離職率が高く,日本でもベテラン層の引退による経験値ロスが懸念され,より一層運転の自動化が求められている。
シュナイダーエレクトリックのAPCは分散制御システム(DCS)やプログラマブルロジックコントローラ(PLC)ベースの制御システムからプロセスデータを収集して,プロセスの因果関係を明らかにし,プロセス動作を特徴付ける重要な動的モデルを作成する。APCは動的モデルに基づいた重要なプロセス変数を厳密に制御し,シングルループコントローラで同じループを別々に制御することで発生する干渉を効果的に切り離すことができるソリューションである。
図1に制御アルゴリズムを示す。アルゴリズムはプロセス出力の現在値を起点に設定値へ制御するための参照軌道を描き,動的モデルを使用して将来入力すべきプロセス出力を計算で求めるものである。その結果,制御性能を向上させることができ,最大スループットでの稼働やエネルギー消費の効率化が可能となる。
3.2 APCの事例紹介
APCの導入例としてアンモニアプラントへの適用事例を紹介する。アンモニアの製造で幅広く導入されているHaber-Bosch法は天然ガスを使って水素を生成し,この水素と窒素を反応させてアンモニアを生産する手法であるが,大量のエネルギーと高圧力が必要なプロセスである。また1サイクルの回収率も高くなく,合成ガスのリサイクルが必要である。
世界の人口が増える中アンモニアの需要は増えており,世界中で新しいアンモニアプラントのプロジェクトが提案されている。最新のプラントは最新の設備を導入することでエネルギー効率を上げているが,既設のプラントはそれらプラントとの競争力を維持しなければならず,生産性とエネルギー効率を上げるにはプロセスの制約条件付近で運転する必要がある。しかし手動で制約に近づけるとプロセスの不安定感が増し,プロセスの制約を超えてしまう可能性がある。そこで通常オペレータは制約からマージンをとって操業せざるを得なくなり,マージンが大きいほど運転コストが増加する。
図2にAPC導入効果を示す。APCはプロセスの因果関係を分析した動的モデルを使用して,シングルループコントローラでは考慮できなかった干渉を非干渉化することでプロセスの安定化制御を実現できる。この安定化実現により,今までマージンを取って運転していた変数に対して制約近傍で制御が可能になる。APCではこの近傍付近までアプローチする制御までを自動で行うことができ,結果品質を安定化することで収益の改善につながる。
アンモニアプラントには複数の反応段階があり,またエネルギー消費率が高く,圧力や流量,合成ガスのリサイクルなど複数の相互干渉がある。生産性の1%改善あるいは1%のエネルギー消費削減はプラントの生産性に大きく貢献できる。
特にAPCはアンモニアプラントにおける下記の装置アプリケーションで効果が認められている。
・一次および二次改質装置
・二酸化炭素除去装置
・水素(パージガス)回収設備
・メタン化システム
・合成ガスループ
・アンモニア合成反応器
・蒸気システム
APCはプラントの挙動を動的モデル化することで今までベテランの経験に頼っていた運転をDX化でき,プロセス条件が変わった際に必要なセットポイントを弄るストレスと負荷からオペレータを解放する支援ツールとなる。
4.次世代メンテナンスの支援システム
4.1 Predictive Analyticsとは
オペレータ同様,メンテナンスのベテラン人材の引退,慢性的な人材不足,また設備の異常停止はプラントの安定操業に対するサステナビリティ課題の一つとして挙げられる。これらの課題に対するソリューションとして,シュナイダーエレクトリックではPredictive Analyticsによるメンテナンスの最適化を提案している。
プラントメンテナンスには大きく5種類の方式が提唱されていて,機器の重要性などに応じて使い分けられている(図3参照)。
①故障後に対応するReactive方式
②耐用年数に対し一定期間経過したら交換するPreventative方式
③設備の状態を監視し,状態に応じて対応するCondition-based方式
④機器の状態を計測・監視し,設備の劣化状態を把握または予知するPredictive方式
⑤故障や不良の原因となる要因を除外するProactive方式
企業方針や設備がプロセスに影響する度合いでメンテナンス方式は異なるが,主要機器で多く見られるのがCondition-based方式である。この方式の導入はセンサ類の軽量化,コスト削減,進化と共により容易となり,異常を検知したらDCSを介しアラームが送られメンテナンスチームが対応する。
しかし,アラームが鳴ったからといって設備を止めることはできず,メンテナンスチームも設備が動いた状態では確認できる範囲には限度がある。またたとえアラームが鳴ったとしても,それが故障する数秒前のこともあれば,しばらく動き続けることもある。設備の状況が不明瞭だと重要な判断をすることができず,最悪重大な故障に繋がる可能性もある。
そこで,ビッグデータを活用しメンテナンスの最適化を目指した予知保全(Predictive Maintenance)が注目を集めている。
シュナイダーエレクトリックでは,PredictiveとProactive保全に必要なデータ解析にPredictive Analyticsを提供している。Predictive Analyticsは幅広い制御システムや安全システムと統合し,現場単位あるいはクラウドを活用することで複数の現場,数百の設備をリモート監視できるソリューションである。
設備に関連する過去と現状のデータを分析することで今後の活動状態をモデル化し,運転状況が設定されたしきい値を越えると関連者にアラームが送信される。常にリアルタイムデータを分析することで許容できる逸脱値までの時間が予知され,メンテナンスチームは時間の猶予を考慮した対処法の判断材料に使える。
また,同種の設備とパフォーマンスを比較することで逸脱の要因を提言し,設備が故障する前にメンテナンスを行うProactive対応も可能とする。Predictive Analyticsは特に重大な故障に繋がる潜在的な異常の早期検知を支援することで設備の長期停止による機会損失を避け,メンテナンスコストの削減,設備の信頼性とパフォーマンスの最大化が期待できる。
4.2 Predictive Analyticsの事例紹介
某電力会社では110MWの蒸気タービンを使用していたが,1年を通し散発的かつ孤立したベアリングの異常振動で悩まされる状況が続き,最終的には異常が限界点を超え設備停止に繋がった。設備のメンテナンスが行われたものの同様の散発的な異常が再発した。
そこで,既に導入されていた「PI System」のデータをPredictive Analyticsで分析したところ,タービンにおける慢性的な熱膨張の問題によってベアリングの異常振動を起こしていたことが解明された。仮に設備停止の前にPredictive Analyticsが導入されていれば補修メンテナンスで熱膨張を改修し,ベアリングの異常振動による設備停止に繋がる前に対応することも可能であった。
本事例ではベアリングの改修工事,停止期間による機会損失が数百万ドルと推定され,事前導入が実現していれば35日間短い停止期間と少額の改修工事で済む試算であった。
また,別の電力会社では変圧器の火災事故の後90以上の施設にPredictive Analyticsを導入し,500,000個のデータポイント,14,000個のモデルで設備を監視している。異常は専門チームで分析され,適宜メンテナンスチームが補修する体制を築き,2016年に蒸気タービンブレードの異常を事前に検知することで,試算として約34百万ドルの損害を防ぐことに成功した。
5.おわりに
人材不足や高齢化社会化が加速化する日本では,サステナブルな社会実現のために地球環境に加え人間・社会を考慮した施策が必要である。人口が減少している現状下で,最新技術が備わった製造プラントへの建替えには投資面でも慎重な企業が多い。そうした日本の社会情勢を踏まえると,現存プラントの効率化は命題であり,ビッグデータのさらなる有効活用が必要である。
シュナイダーエレクトリックのAPCとPredictive Analyticsは,データからプラントのプロセスと設備の性質を分析し,プラント操業に役立てるツールである。これらのツールによりリアルタイムのデータとの齟齬を確認することでプラントを安定化および原単位を向上させた上で,異常を最短に検知し,設備の故障やプラント停止の回避を支援する。最適なオペレーションとメンテナンスは収益性を改善するだけでなく,エネルギーの効率化によって環境への負荷低減にも貢献する。
本稿では,人間・社会を中心に製造プラントのビッグデータを活用したサステナビリティ推進のソリューションを紹介したが,世界では既に次のレベルに踏み込んでいる。その一つが世界中のベテランの経験と知見を学習したAIをビッグデータの解析に活用することである。AIの育成にはデータの共有,ネットワークセキュリティ,正しいAIの活用など様々な課題は存在するが,AIの導入によるさらなるプラントの効率化が見込める。
サステナビリティの実現には多額な投資が必要で回収が難しいと捉える人も少なくないが,ビッグデータの有効活用などのDXはプラントの安全性,生産性,収益性の改善に貢献し,その結果環境負荷の低減も実現させる。今こそ,物を大切に使う日本の文化をDXと融合し,サステナブルな新しい時代のプラントを日本からもリードしていきたい。