計装ギャラリ「進化するプロセス計装機器」(第20回)

【プロセス分析/環境計測機器】

プロセスガスクロマトグラフにおける 異常予兆検知技術と最適活用法

1.はじめに

プロセスガスクロマトグラフ(PGC)は1950年代から導入され始め,現在に至るまで石油化学,石油・ガス精製,製鉄,無機化学などのプラントにおける中心的なオンライン分析計として認知されている。当社では,高速分析を実現する複数オーブンと,直感的な操作を可能とする大型カラータッチパネル液晶ディスプレイとを具備した最新型「GC8000」を2011年に上市した。

GC8000の優位性は今も健在であるが,技術の導入や新しい測定アプリケーションの開発も継続的に実施している。そしてこの度,GC8000の最適な保守の実現に貢献するために,機械学習を活用して異常予兆の可能性がある測定状態の変化を自動検知する専用PCソフトウェア「ガスクロマトグラフAIメンテナンスサポート」(GCAI)を開発し,2023年3月に発売した(図1)。


図1 「GCAI」ダッシュボード画面


本稿では,GCAIの開発の狙い,特長,推奨される活用方法を説明するとともに,今後の課題と開発方向性について紹介する。

2.開発の背景と狙い

PGCは,継続かつ安定的運用のためにメンテナンスを必須とする分析計である。具体的には,プロセスサンプルの前処理装置に搭載されたフィルタや調圧弁,本体に搭載されたサンプル注入バルブ,切替バルブ,カラム,検出器などは各々の消耗の程度に応じて清掃や交換が必要となる。機器故障などの異常による欠測を避けるためには,メンテナンスは実際に異常が発生する前に実施することが求められるため,メーカ推奨の部品交換周期などに一定のマージンを加味した周期で行う定期メンテナンス(TBM:Time-Based Maintenance)が現場ではよく採用されている。

しかしながら,部品の実際の消耗度合いは,PGCの1台1台で異なる測定仕様やその使用環境によって大きく変わるため,TBMではまだ十分使用できる部品も一律に交換が必要になり,プロセス異常などの不測の事態によってメンテナンス周期前に故障が発生する,といったことは不可避である。そのため,実際の機器状態に合わせてメンテナンスを実施する状態監視メンテナンス(CBM:Condition-Based Maintenance)の採用が理想的と言える。

PGCにおけるCBMの実現には,機器状態に関わる情報量を豊富に有するクロマトグラムデータを活用することが有効である。すなわち,クロマトグラムに異常の予兆として現れるわずかな信号の変化を見出してメンテナンスを計画し実行することで,欠測の回避と必要十分なメンテナンスの両立を図ることができる。

このようなCBMの実現には,PGCに精通し経験的知見を有する熟練の保守作業者が,測定仕様ごとに異なるクロマトグラムデータを頻繁かつ精密に確認したうえでメンテナンスの要否や実施時期を判断する必要がある。昨今,このような保守が可能な熟練者は不足傾向にあることから,人的監視に依存したCBMの実現は,ますますハードルが高くなっているのが実態である。

クロマトグラムデータを機械的に常時監視するソリューションとして,当社は「バーチャルテックソフトウェア」(GCVT)を有している。GCVTは,クロマトグラムデータにおいて測定ピークの保持時間や測定ピーク周辺のノイズレベルなど複数のパラメータを常時監視し,各パラメータに対してアラートしきい値が設定できるので,発報されたアラートの内容や傾向を解析することでCBMの計画が可能である。GCVTは緻密なクロマトグラム監視が可能である一方,大量の監視パラメータに対して手動でアラートしきい値を設定する必要があるため,初期設定や運用面でのユーザの負担が課題となっている。

以上のような背景をふまえ,簡単な設定のみでGC8000のクロマトグラムデータを常時監視でき,測定状態の変化をリアルタイムに検知・可視化・通知するソリューションを提供することは,保守におけるPGC熟練者の負荷軽減とCBM実現の容易化に大きく貢献できると考えた。この狙いを具現化するべく開発したのが,GCAIである。

3.「GCAI」:特長と注力技術

GCAIは,当社の生産工場で実績のあるAIをGC8000のクロマトグラム監視向けにカスタマイズして搭載したソフトウェアであり,当社のアナライザサーバソフトウェア(PCAS)が稼働中のPCに常駐して動作する。GCAIは,次のような機能と特長を有している。

3.1 簡便な機械学習によるクロマトグラムの常時監視と予兆検知

GCAIは,監視対象となるGC8000の正常な測定データ群から機械学習により構築した機器固有の検知モデルにより,正常な測定とは異なるクロマトグラムの変化を違和感として検知し,毎回の測定において正常な測定状態からどの程度の変化が起こっているかを解析して通知する。これを「違和感検知機能」と称している。

GCAIの最大の特長は,高精度な違和感検知を可能にする機器固有の機械学習モデルを,複雑な設定や操作なく誰でも簡単に構築して運用できるようにしたことにある。

違和感検知機能では,クロマトグラムのベースライン領域(ピーク以外の領域)を監視して,たとえば図2に示すようなクロマトグラム信号の変化を検知することができ,正常な測定からの変化度を「健康度」と称する数値パラメータとして出力する。健康度が予め設定したアラートしきい値を超えると,これを違和感としてGCAIの画面上で通知する。アラートレベルは中度の違和感(Pre-Anomaly)および重度の違和感(Anomaly)の二段階で設定できるため,中度の違和感をプリアラートとして使用するといった柔軟な運用も可能である。検知した違和感には想定される原因を任意に入力して記録し,図3のように原因別に時系列のトレンドを表示することで機器状態の推移を簡便に把握できる。


図2 GCAIで違和感として検知可能なクロマトグラム信号変化(例)



図3 GCAIの健康度トレンド画面


一般的に,機械学習によって機器固有の検知モデルを構築するには,正常なデータ,いわゆる教師データの前処理やコンサルティングが必要な場合が多いが,GCAIでは教師データの前処理はソフトウェア内で自動化されているため,正常なクロマトグラムデータ群をユーザが指定して機械学習の実行操作をするのみでよい。モデル構築のプロセスが簡素化されているので,違和感検知のブラッシュアップを目的に教師データを増やし,モデルを再構築することも容易である。また,前日の測定データを教師データとみなして違和感を検知する簡易モードも具備している。このモードでは,教師データの指定さえも省略して,違和感検知機能を運用することができる。

3.2 測定ピーク分離状態の未来予測

GCAIは,測定ピークの分離状態を分離度(隣接する測定ピーク同士の分離具合を示す指標)によって監視し,過去の分離状態の推移から未来の分離状態を予測して出力する。これを「分離度予測機能」と称している。

分離度予測は,短期的指標となる1日後,30日後,および中長期的指標となる90日後のそれぞれが出力される。予測計算した30日後または90日後の分離度が設定したアラートしきい値を超過すると,GCAIの画面上に通知する。分離度の推移と予測は図4のような時系列のトレンドとして表示されるので,過去と将来の分離度推移を一目で把握できる。


図4 GCAIの分離度トレンド画面


4.推奨される活用方法とユーザメリット

前章で説明したGCAIの違和感検知機能および分離度予測機能の活用フローを,図5および図6にそれぞれ示す。どちらの機能も,監視を継続しながら,各機能の設定をブラッシュアップしていくことが基本的な指針となる。


図5 違和感検知機能の活用フロー



図6 分離度予測機能の活用フロー


分離度予測機能においては,分離度の変化に最も大きく影響する消耗部品はカラムであることから,分離度低下の90日前予測アラートで交換用カラムの保守在庫を確認する,30日前予測アラートでカラム交換作業の計画を立案する,といった運用例が考えられる。ただし,カラム以外の原因によっても分離状態の変化は起こり得るため,図6に記載の通りアラートを起点として実際の測定データを確認する工程は必須と考える。

アラートしきい値については,過去に実施したカラム交換時の分離度を基準に初期値を設定し,以降は運用の中で必要に応じてしきい値を更新することを推奨している。

違和感検知機能においては,初回設定の時点で,将来発生する可能性も含めたすべての正常なクロマトグラムデータを網羅して検知モデルを構築することはほぼ不可能である。このため運用の初期段階では,実際には問題のない(異常の予兆ではない)クロマトグラムの変化をGCAIは違和感として検知するが,当該の問題なしデータを教師データに追加して再学習させ,検知モデルをブラッシュアップしていくことで検知精度が向上していく。

また,検知した違和感の一次原因(図2に例示したような,クロマトグラムを確認することで直接的に観測できる原因)を登録して情報を蓄積することで,従来は熟練者が経験的に把握していた機器状態の推移を可視化することができる。これは,他の作業者への共有や,応用フェーズでの根本原因究明とCBM実現において重要な情報ソースになると考える。

以上の通り,GCAIは監視の継続と設定の更新を前提とした運用方法であることから,有効使用期間12ヵ月単位のサブスクリプションライセンス形式で販売を行っている。また,有料ライセンスとは別に,試験導入および使用環境の確認を目的とした無料ライセンス(本稿発行時点で,有効使用期間は3ヵ月)も用意している。

これらのライセンスにより,まずは稼働中のGC8000に対してGCAIによる監視を適用し,図5,図6の活用フローに則った1~2年の継続運用を経て,その導入効果とさらなる継続運用の是非を判断することを推奨している。

5.今後の課題と開発方向

GCAIは機械学習を駆使して,簡単な設定のみでGC8000のクロマトグラムデータの変化を違和感としてリアルタイムに検知・可視化・通知することで,PGCの保守作業者がクロマトグラムを常時監視する負担の軽減に大きく貢献すると自負している。その一方で,検知した違和感の一次原因判定と,蓄積した違和感情報に基づく根本原因の究明には,依然として有識あるいは熟練の保守作業者による確認と検討が必要である。

こうした負担のさらなる軽減のためには,発生した違和感の原因を特定するための解析もGCAIが担うことが有効と考えている。たとえば,検知した違和感の一次原因判定を自動化し,当該の違和感を引き起こし得る根本原因の候補を出力することができれば,経験の少ない作業者であっても原因の究明やメンテナンス計画の立案を進めることができる。

このような原因特定の解析実現にあたっては,クロマトグラムデータに加えてPGCへのプロセスサンプルの供給状態や,キャリアガスをはじめとするユーティリティの供給状態に関するパラメータが必要であり,これらを統合して解析アルゴリズムを検討・開発する必要があると考えている。

6.終わりに

PGCは古くから使われる成熟した分析計であるが,今後も多くの産業プロセスにおいて重要な分析計の位置を担い続ける。その汎用性の高さゆえに複雑化しがちな保守や運用においても,革新的な発展が進むAIやデータ解析技術を活用することでさらなる簡素化と最適化が可能になると考える。

当社は今後も継続して最新技術の導入と開発に尽力し,メンテナンス性にも優れた分析計とソリューションを提供していく所存である。

〈参考文献〉

1)砂田尚孝・松野 玄:「プロセスガスクロマトグラフにおける最新技術とアプリケーション」,『計測技術』,2023年1月号,通巻666,Vol.51,No.1,pp.1-5

横河電機 陶山修一/砂田尚孝

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