【ベンダ・ソリューション】
プラント機能安全の生涯可視化による リスク低減と生産性の最適化
1.はじめに
稼働年数が30年を超えるプロセスプラントが増える中,当初の安全設計と現状との乖離が安定操業へのリスクとして注目されている。この乖離を埋めるべく各社様々な手法で対応しているが,一般的に手作業が多く,多大な時間を有することから現場への負担にも繋がっている。
本稿では,この状況を打開すべくシュナイダーエレクトリックで開発された「Process Safety Advisor (PSA)」をご紹介する。PSAは機能安全の可視化を提供する事で,乖離によるリスクを指摘し当初の設計思想に戻すことでプラントの安全性を維持できる。また機能安全の診断・証明・記録の自動化による現場への負担を減らすだけでなく,安定操業の最適化による生産収入の改善にも貢献するソリューションである。
2.安全設計思想と現状の乖離
プロセスプラントを操業する企業の大多数は安全を最優先事項として明確に認識している。新しいプラントの設計時には多くの時間が安全度水準(SIL)の設計作業,ハザードと操作性調査(HAZOP),安全計装機能(SIF)に費やされ,プラント生涯の安全が考慮される。そしてプラントの建設時には多大な労力を費やして安全計装システム(SIS)の出荷前検査(FAT)や現場検証(SAT)を経て生産が開始される。
しかし,稼働の開始と共にこれまで費やした安全設計が守られているか把握する方法がなく,稼働年数を重ねるにつれ機器の劣化,作業員の慣れ,人の入れ替わりなどで設計思想から変わってしまうのが常であり,設計当初の状態のまま保てるはずもない。
この設計と現状の乖離が安定操業へのリスクと認識され始め,IEC61511などの国際規格では当初の安全基準が守られているか検証・証明することが2018年の改訂版より義務付けられている。
ところがこの乖離を実際に埋める手法まではIEC61511にも提言されておらず,各社が各々対応しているが,多くの場合は手作業しかなく,現場への負担増が懸念されている。
シュナイダーのPSAはこの乖離を埋めるべく,プラントの設計時の安全思想と現状の機能安全の可視化を提供している。この一元管理システムにより,乖離をいち早く察知し対応することで事故のリスクを低減できる。また機能安全の実証・記録を自動化することで,手作業を大幅に削減して現場の負担を減らし,安定操業による生産収入の改善にも貢献している。
3.機能安全の新しい評価方法
プラントの安全性には大きく労働安全,機能安全,プロセス安全に分けられるが,どれも正しく評価する方法が必要である。労働安全は古くから実施されていることもあり,3つの中では最も多くプラントで完備されている。生産性への影響,事故の頻度,死亡事故率などで定量的評価され,また改善されるよう様々な取り組みが実施されている。また企業間でも安全性を高めるため事例の共有などを通し労働環境の安全性は非常に高い。
作業員を守る労働安全に対しSISは大規模な事故を避けることを重視し,設計・実装・運転・メンテナンスの各フェーズにおける優れたエンジニアリング手法としてIEC61511などの国際規格が世界のプロセス分野で幅広く採用されている。
機能安全とは従来大規模な事故を避けることが目的であり,プラントの生涯における各種機器の機能保全や生産の最適化などは求めていない。ところが稼働年数が30年を超えるプロセスプラントが増える中,機器の劣化や作業員による慣れ,熟練工の引退などによって生まれた当初の安全設計思想と現状との乖離が安全へのリスクとして注目されている。実際プラントの稼働年数に関係なく,この乖離による大小の事故がニュースで取り上げられ,中には企業の存続に影響するほどの事例もある。
それらを踏まえ,プラントの稼働時・メンテナンス時の機能安全に関わるIEC61511のClause 16は,2018年の改定版では乖離を埋めることが推奨から義務に変更されている。これにより設計時と同じ機能安全が保たれていることを証明するだけでなく,各機能安全の検証・記録,バイパスのログ,トリップの解析・トリップ頻度など多くの情報がリアルタイムで必要になる。
従来はこれらの情報は複数の担当者によって管理され,また情報源も個別で存在することが多く,トリップなどが発生した際やメンテナンス時には複数の担当者が手作業で情報収集する必要がある。同じプラントに20年以上務めたベテランエンジニアなどが引退する中,この手作業はさらに現場の負担に繋がっていて,再稼働に影響すれば大幅な機会損失にも繋がりかねない。
なお,IEC61511は国際規格ではあるが,準拠していない事業者も少なくない。しかし安全設計と機能安全の乖離は安定操業のリスクでしかなく,重要性は共通認識である。逆にプラントの可視化を進めることで事故を未然に防ぐだけでなく,生産性の向上,稼働時やメンテナンス時のコスト削減がCenter for Chemical Process Safetyの調査で報告されており,プロセス安全管理 (PSM)の重要性が認知されている。
シュナイダーでは,PSMソリューションの一つとしてProcess Safety Advisor (PSA)を提供している。
4.「Process Safety Advisor(PSA)On-Premise」
PSAには,現場単位で機能安全を可視化する「PSA On-Premise(OP)」と複数のプラントの情報を統括する「PSA Cloud」の2種類のPSMを提供している。
PSA OPは機能安全の設計基準を保存し,シュナイダーのSISである「Triconex」に限らず他社製のSISやPLC,分散制御システム(DCS)からプラントのリアルタイム情報を収集し,基準値との比較・分析・記録を行う。
PSA OPの機能はシステム構成によって異なり,プラント内のみで稼働する単独システムと外部ネットワークに接続することで拡張される統合システムがある。単独システムの場合は特定の端末のみデータへのアクセスが可能であるが,統合システムでは担当者へアラートメールを送信,企業資源計画(ERP)に繋げることでメンテナンス依頼を作成できる。PSA Cloudには統合システム構成が必要である(図1,2)。
システム構成を問わず,PSA OPには大きく「Trip Analyzer」と「SIF Manager」の状況に応じた2つの解析機能がある。
4.1 「PSA Trip Analyzer」
一般的に現場でトリップが発生した場合,何が起こったのか,なぜ起こったのか,機能安全は正しく機能したのか,再稼働の条件を満たすには何が必要なのか,様々な情報・解析が必要となる。複数の関係者を交えながら手作業で行うことが多く,停止時間が長ければ長いほど機会損失にも繋がる。
PSA Trip Analyzerは,トリップ発生時に関連する機能安全のレポートが作成され,安全デバイスや機能の状態を確認することができる。また安全機器周辺のデバイスを紐づけることで,自動的にトリップ前後のトレンドデータが提示され原因の特定を早められる。
トリップが多い現場などでは,関連SIFの過去トリップ記録を参照することで根本原因の特定にも役立てることができる。たとえば,トレンドから運転方法の問題,安全デバイスの反応時間から機器の劣化,そもそもの設計に要因があるのかなど原因究明ができる。
一例ではあるが,とある現場では従来手法の場合トリップが発生した際は約6名が原因究明に当たり,再稼働まで平均20時間を有していた。PSA OPの導入後は原因究明には3名で対応することができ,再稼働まで14時間,と時間を3割削減することに成功した(図3)。
トリップ時は再稼働が最優先事項として全神経が注がれるが,PSA OPはトリップ時に起動された安全デバイスの性能を自動的に記録する。作動した安全デバイスが設計基準値を満たしていれば,次回の定期メンテナンス時に対象外として対応することも可能である。
4.2 「PSA SIF Manager」
プラント設計時にはプロセスの安全性を考慮してSIFの性能要求が設計される。プラントが稼働し始めるとバイパスや安全機器の劣化などSIFに影響する要素を記録する必要があるが,手作業で行う現場が一般的である。そのためトリップなど突発的なイベントだけでなく,メンテナンスなど定期的なイベントでも情報の整理に多大な時間が費やされる。
また,安全設計基準値との比較が手作業のため,安全デバイスを一つひとつ確認する現場ではメンテナンス時のクリティカルパスにもなる。
PSAのSIF Managerは安全設計の基準値を電子化することで現状との比較が自動化され,電子記録を残すことができる。また記録が自動的に残されるのでトリップなど突発的なイベント時の記録も残り,正常に働いている安全デバイスをメンテナンス時の対象から外すことが可能となる。自動化により安全デバイスを個々で確認する必要もなく,複数を同時に確認することでメンテナンスの大幅な時間短縮が可能である。
前述の現場ではトリップ時に確認された安全デバイスを除外することで192時間短縮,残りのデバイスも一括確認で500時間短縮,合計で700時間短縮することでクリティカルパスから外すだけでなく,メンテナンス期間を16時間短縮することに成功し,年間400万米ドルの生産収入改善に貢献している(図4)。
5.「Process Safety Advisor(PSA)Cloud」
グローバル化が進む中,生産拠点を分散化する企業も増えている。グローバル戦略を発案する本社機構では各プラントの状況をリアルタイムで把握することが難しく,情報が上がってくるまで相当なタイムラグがあることも珍しくない。特にプラントの安全対策の担当者にとってはこのタイムラグが死活問題となりかねない。
PSA Cloudは,PSA OPと連動することで各プラントのリスク状況をリアルタイムで共有し,包括的に解析できるサービスである。プラントの安全状態の可視化によりリスクのある現場への指導,安全レベルの高い現場のノウハウ展開,さらに新規プロジェクトの安全基準への活用など幅広く利用されている。
6.結論
プラントの設計時には安全基準の設計・実装に多大な時間が費やされているが,プラントが稼働してからはこの安全基準との関連性が見え難いのが現状である。設計値と実状との乖離が大きければ大きいほどプラントへのリスクは高まり,事故の規模によっては企業の存続にも影響する。
IEC61511の国際規格でもこの課題を認識しており,乖離を埋めることが義務付けられたが現場では未だ手作業が多く,現場の負担が増している。また現場の熟練者が引退し人手不足が深刻化する中,DXの活用は急務とも言える。
シュナイダーのPSAは設計と現状に可視化と自動化を提供することで,当初の安全設計思想を維持してプラントの安全性を向上させる。同時に手作業を大幅に削減することで現場の負担を減らしながら,さらにトリップやメンテナンス時の時停止時間を短縮させることで生産収入の向上にも貢献している。
Process Safety Advisorは安全の可視化を支援するだけでなく,安定操業による競争力を高める有効ツールでもある。