【トレンド】
振動診断技術に見る保全・保安のスマート化と実証成果
1.はじめに
ITに対してOTという言葉が聞かれるようになって久しいが,ITを民生向け一般デジタル技術として見たとき,その進化はスマートフォンから5G通信やクラウドサービス,AR/VRなど,この20年で劇的に進化した。その進化の流れは,データをいかに大量に,高速に,高品質に(スマートに)共有するかという流れとも言えまいか。CPUの高速化,データストレージの大容量化,ネットワークの高速化に,テキストから音声,画像,動画からAR/VRまでの高品質化が例である。
一方,OTを製造現場のテクノロジー全般と捉えると,OTには自動化された製造現場,計装制御システム,保全管理システム,機器資材管理システムなどのほかにも,それら運用のベースになる。たとえば,リスク管理,保全計画立案,遂行,検査診断技術,アラーム管理や文書管理なども含めると,スマートな情報共有という点でOTはITに比べて,まだまだ多くの課題がある。個々の技術やシステムで作られる大量の情報が,それぞれ連携できないために起こるデータのサイロ化が,保全・保安のスマート化の一つの障壁なっていると考える。
今回振動診断技術を例にして,これらをいかにしてスマート化するかという目線で,当社のソリューションを例に今後の診断技術,診断サービスのあり方を,事業者とサービス提供者の両方の視点で考察する。
2.振動診断技術
振動診断技術の歴史は大変古い。古くはゼロ戦のエンジンの診断にも使われていた。一方,振動診断技術自体は,接触,非接触を含めて空気を媒体にして対象から発せられるエネルギーを検知して診断する技術であり,その発せられるエネルギーの周波数領域に応じて,検知できる損傷状態が異なる。
一般的に,図1のように振動領域の周波数は1kHz-30kHzまでの領域であり,最近IoTセンサとして大量に導入が進んでいるのがこの範囲のサンプリング周波数の性能を持ったセンサである。昨今のMEMS技術や高性能マイコン(通信機能付き)のために,低価格化が進んでおり,Wi-Fi接続でき,電池駆動で1日1回計測,5年以上稼働する製品もある。データの評価についてはISO評価基準による判定が主流である。
一方,30kHz-1MHzの領域はAE(アコースティック・エミッション)領域と呼ばれ,このサンプリング周波数領域になると,生波形1秒間に100万点以上のビックデータがサンプリングされ,軸受けの疲労亀裂進展など軸受け損傷初期のエネルギーを検知することができる。
また,損傷過程のAE波形の特徴の変化によって軸受の大まかな寿命予測が可能である1)。これは破壊力学的なアプローチによる診断技術であり,通常の機械力学的に振動を検知してISO評価基準を用いて損傷評価する立場とは,異なるアプローチである。
では,なぜこれまで振動診断が主流で同じ音響診断のAEに注目が集まらなかったのか。第一に挙げられるのが,回転機診断マーケットの特性である。国内の回転機メーカやベアリングメーカは全国各所にサービス拠点を持ち,事業者とのメンテナンス契約によって,現地へ赴いて簡易保守点検を請け負っている。また,万一故障しても,スペアパーツの入手や,修理に対応できるようなシステムが概ね機能している。つまり,これまで国内ベンダの努力によって,メンテナンス業務が適切に実施されており,適切なタイミングでの更新作業が適宜行われてきたと推察できる。したがって余寿命診断などの,データを中心にした戦略的な保全のための新たなコストを捻出し,新しい保全活動に組み込むのは難しかったのではないだろうか。
第二に挙げられるのは,優秀な保全担当者(保全マン)である。長年プラント現場に携わり,プラントの異常状態をいち早く見極めることができる保全マンがいた。したがって新技術導入するまでもなかったという側面もある。
そして,最後に挙げられるのはコストである。図1に示すように,サンプリング周波数が高くなれば,その扱うデータは膨大になる。それによって必要なデータエンジニアリングの環境(たとえば,ストレージやCPU処理能力)や検査システムの高機能化により1回の診断コストが高くなってしまい,敬遠されたのかもしれない。当社のAE診断事例では1回の診断で数百万円というのが相場である。
3.TBM,CBMそしてRBM
TBM(時間基準予防保全)とは,メーカや事業者が定めた間隔で定期的にメンテナンスを実施することであり,稼働中に劣化が発生,進行した場合,その状態を捉えることができなかったり,オーバーメンテナンスになったりしている場合もあり,必ずしも適切な保全手法ではない可能性がある。
そんな中,CBM(状態基準予防保全)を導入することで,機器の早期異常検知ができることから,設備が重大損傷に至る前の予知保全が可能となる。また,保全周期延長や解放点検の選択的優先実施,保全活動の最適化などによりコスト削減の可能性もある。そして今後は,CBMで得られたデータをベースにリスク量を計算し,メンテナンス計画を立案,実行するようなRBM(リスク基準予防保全)という流れがOTとして提唱されている。
しかしながら,CBMやRBMは10年以上前から提唱されているにもかかわらず,特に国内ではほとんど定着していない。今後,設備の老朽化,少人化,技術継承といった課題を現実の問題として克服するには,間違いなくCBMやRBMを取り入れた,戦略的な保全活動が必要になってくる。
4.アウトソーシング
前述したとおり国内の保全担当者は優秀である。優秀であるがゆえに,聴診棒などを使ってわずかな異音を聞き分け,これまで回転機を適切に保全することができた。この手法は属人的ではあるがCBMともとらえられる。しかし今後,そうしたベテラン運転員はリタイアし保全要員が激減する。それでも老朽化し続ける設備を保全する必要がある。統廃合の多い石油業界では,人員の配置転換も頻繁に行われ,1つの事業所で長期間設備の面倒を見て,ベテラン運転員と同様の経験を得ることはもはや不可能である。
では,こうした状況を克服し,事業を継続するにはどうしたらいいだろうか。筆者が考えるのはクラウド上のサービスを有効的,効率的に活用し,現場サイドの定常点検も含め,O&M業務のアウトソースを増やしてゆくことだと考える。そのためには,デジタル技術をフルに活用することが求められ,事業者は,少ないリソース(人や時間)で今まで以上に多くのプラントの状態をリアルタイムで把握することが可能となる。そしてこの流れは,内閣府が提唱しているSosiety5.0のサイバーフィジカルシステムにも通じるところがある。
Sosiety5.0では,フィジカルのデータをサイバー(クラウド)とIoT技術を使って有機的に結びつけ,サイバー上の様々な専門家によるサービスに接続することで,これまで以上の価値(たとえば,効率化や生産性向上)を享受しやすくなるとしている。
5.オンラインモニタリング技術
IT技術の進化によって,これまで以上に導入が進んできたIoTセンサ技術,クラウド技術,通信技術は,それを適切に利用することで,オンラインで状態監視することが可能となった。中でも,Edgeコンピューティングの高性能化,低価格化は,回転機診断で得られる膨大なデータの処理を可能にし,ほぼリアルタイムで数百万個の数値データ処理が可能である。
一方で,こうしたプラント業界向けオンラインモニタリング技術は,ITの世界からの新規参入も多く,様々なプラットフォームが日々立ち上がるような状況であり,いわゆるフラグメンテーション化が起こっており,様々なベンダが似たようなソリューションを提供している。
たとえば,プラント向けのWirelessソリューションの規格は2種類存在し,長距離,低消費電力を実現するLPWAも数規格存在する。適切な技術を選んで,得られたデータから適切に洞察(Insight)を得るには,IT,OTのほかに,ET(エンジニアリングテクノロジー)が不可欠であると筆者は感じている。
6.O&M MotherのAE診断
弊社のオンライン診断ソリューションであるO&M Motherの回転機診断「M-Dr.s」では,現場に設置した弊社独自開発のEdgeコンピュータマシンで,AEのセンサから得られた生波形を分析し,必要なデータのみをクラウドに転送,クラウドにて後処理をして可視化することを可能とした。
ここで用いられるデータ処理技術は,弊社が長年オフライン診断で培ってきたAE診断技術「C-AEAS2)」であり,今回この技術をEdgeとクラウドに実装することに成功している。弊社ではユーザ企業および自治体の協力のもと,長期間の運用テストを実施中である。
オンラインでAEデータの継続的なモニタリングができることは,これまで現場に赴いてデータ計測し,分析,報告を行ってきた高度診断サービスを,格段に安く提供し,通常多くのコストがかかると思われた予知保全を現実的なレベルで実現することを可能とした。これにより,回転機軸受けの余寿命診断を可能にしている(図2参照)。
また,同時に先ほどのWi-Fi振動センサも組み合わせることで,各々の周波数レベルのデータを蓄積する。今後これらのオンラインデータの蓄積により,AIや機械学習によってCBM,RBMへのよりスムーズな移行と保全・保安のスマート化が可能となる。
7.風力発電とAEオンラインモニタリング
陸上および洋上の風力発電,海上プラットフォームのような,稼働し続ける対象に容易にアクセスできないような場合,AEオンラインモニタリングを適用することで異常兆候検知をより高精度で,リモートから実現することができる。
洋上風車は現地に赴いてメンテナンスするには,莫大なメンテナンスコストがかかる。また,洋上風力発電に用いられる風車ベンダはほとんどが海外ベンダであり,万一の故障時にパーツの入手にも時間がかかることが予想される。予め異常の兆候をAEで検知することができれば,風車の運転時間を長くすることができ,設備稼働率の向上を実現できる可能性がある。
8.保全保安のスマート化
オンライン診断技術に用いられる複数のセンサをクラウドで管理,洞察を得るという仕組みはIoTと呼べる。将来オンライン診断データのみならず,プラント操業に関わる全てのデータはクラウドで管理されることが予想され,その場合,クラウド上にはデジタルツインが形成され,本当の意味でデータの利活用が進むであろう。
デジタルツインとは,図3に示すように,IoT技術を駆使して現実世界のあらゆるデータをデジタル空間に展開し,現実世界の対象と全く同じ,もしくは近似された原理原則でふるまうデジタル空間の双子(写像)である。そしてその目的は,デジタル空間で得られた洞察をフィジカルへフィードバックし,プラント操業全体の最適化を目指すことである。このフィードバックの部分をIoA(Internet of Action)と呼び,自律運転やロボットによるメンテナンスなどがこれに当たる。
デジタルツインには様々な形態があり,図4のように3Dで表現するものからプロセスデジタルツインと呼ばれるものまで様々であるが,将来のプラント操業の中核をなすプラットフォームとして,クラウド上で運用され,様々な外部サービスを取りこむことが予想される。
9.まとめ
少子高齢化による人手不足,設備の高経年化,技術継承は,国内プラント産業が抱える3大課題として20年以上言われ続けてきた。そして,これに追い打ちをかけるようにCOVID-19の影響が生じ,これ以外にも環境対策,脱炭素など,人々の意識変化も含め,プラントオーナはVUCAの時代を生き抜く必要に迫られていると認識している。
VUCAとは,Volatility(変動性),Uncertainty(不確実性),Complexity(複雑性),Ambiguity(曖昧性)の頭文字をとったものであり,この時代を生き抜くには,「様々な環境変化,社会変化に柔軟に適応し,ビジネスを維持,継続できる,安心,安全な企業活動」(ビジネスセーフティ)が求められる。そしてそのカギを握るのが,ITとOTの融合による保全・保安のスマート化の実現であると考える。
〈参考文献〉
1)特許JP5740208(2015-06-24)
2)『計測と制御』,1993年32巻3号,p. 257-258