普及期を迎えた無線応用システムの最適運用

【最適運用ソリューション】

プラント全体でバランスの取れた 産業用無線ネットワーク~その選定と適応視点

1.はじめに

「1つのサイズが全てに適合する」ことは非常にまれである。ここで「サイズ」を工業規格に置き換えてみた時に,要求に対してのオーバースペックは過剰なコストになり,アンダースペックは仕様未達となる。言い換えれば「1つのサイズは,全てにおいて妥協を要求する」ことになる1)。

近年,普及が進んでいるプラントにおける無線ネットワークも同様に,プラントの運転や設備監視の効率化など様々な要求に対する解は,1つのサイズとはならないと考える。

横河電機(以下,当社)では,多くの無線ネットワークのオプションの中からコスト・接続性・消費電力の適切な組み合わせを精査した。この結果,それぞれの要求に対し最適な無線ネットワークである工業用フィールド無線規格(ISA100 Wireless)と2種類のLPWA*1)(LoRaWAN,および独自規格無線)の無線システムを提供している。

本稿では,機能・性能とコストの最適なバランスを考慮した最適な無線ネットワークの選択,およびこれらを組み合わせて実装することにより,高度で効率的かつ安全なプラント運用を実現できることを説明する。

2.プラントの現状

プラントにおける管理者の関心は「安定した利益の確保と事業の継続性」にある。プラント活動の目的は,原材料を加工し,付加価値のある製品を作り,販売することで利益を得ることである。安定した事業を継続していくためには,コストを抑えて利益を最大化することが求められている。

実際のプラント生産では,既に制御システムや各種センサを活用した効率的な運用が行われている。しかし,実際には未だに計測の対象となっていないブラインドスポットが存在する。これらに対し測定ポイントを増やすことにより,さらなる運転の効率化と安全性の向上が期待されている。また作業員の人命・健康に対する脅威や生産設備の異常による火災などへの対策は,社会的責任(CSR)・事業継続性(BCP)の視点でさらに重要さが増している。利益活動およびBCP活動では,瞬時値を確実かつ高速に把握し,異常の早期認識と迅速な判断が求められる。

一方,多くの工場は建設されてから30年から50年が経過している。老朽化が進む生産設備の可用性・信頼性を維持しながら,生産効率と製品品質の向上が要求されている。しかし現実として,全ての設備の監視が行われていないため,予期せぬシャットダウンが発生し生産計画の変更を余儀なくされることがある。

さらに,近年ではSDGsやESGの観点から,エネルギーの効率的な利用,環境に対する影響の最小化も重要な指標となっている。

3.プラント業務の分類

一般的なプラントまたは工場の業務は,運転,安全,保全,環境の4つのタイプのいずれかに大別できる。

「プラント業務の分類」1,2)

1)運転:高品質・高効率で安定した製造・運転のためのプラント監視・制御

2)安全:物,人,環境の安全確保

3)保全:設備の最高性能を発揮するための管理

4)環境:周辺環境維持のための管理,エネルギー効率管理

前述の運転と安全は広義の運転と見なされ,保全と環境は設備やインフラに関連している。これら4つの業務を,信頼性が非常に重要な用途(クリティカル業務)と信頼性も必要だがコスト効率を重視する用途(ノンクリティカル業務)に分けて,それらの関係性を図1のように表す。ただし,クリティカル,ノンクリティカル業務は明確に白黒に分離できず,グレーゾーンが存在する。


図1 プラント業務の分類


通常,安全は最も重要な業務と見なされ,その次に運転が密接に続く。保全と環境の監視は,これまであまり重要視されてこなかったが,CSRやBCPの視点で注目度が高くなってきている。 これらを念頭に置いて,それぞれの役割に基づいて無線ネットワークのテクノロジーを選択する必要がある。

4.各プラント業務に要求される無線の仕様

プラント管理者の抱える課題は,急激に変化するビジネス環境の中で,老朽化した設備を維持しながら,生産効率を上げることである。プラントの運転パフォーマンスを向上させるとともに,プラント設備の高い可用性と信頼性を維持することは,健全な事業継続の鍵となっている。

これらの解決のため無線ネットワークの活用が進められている。無線ネットワークは配線が不要なため,設置や無線インフラの工事・維持コストを大幅に低減させる効果も得られている。クリティカル業務とノンクリティカル業務,それぞれの分野により,無線ネットワークに与えられた役割は異なる。以下に各々の要求と課題を記載する。

4.1 クリティカル業務向けの無線への要求

運転・安全における工業用フィールド無線への要求は,高速高信頼のデータ転送に合致し,測定点数が増加しても設計した更新周期で確実にデータが上位システムに届くことである。工業用フィールド無線は大規模から小規模システムまで展開される。特に大規模システムの場合には,プラント全体の無線ネットワークが設計可能で,品質の担保ができることが重要である。データロスとデータ伝送の遅れはプロセスの監視・制御に致命的なダメージを与える可能性があるため,信頼性は非常に重要である。

安全監視用のガス検知器などは,ガスを検知すると法令で規定された時間内に警報を発しなければならない。このように,運転・安全用途の無線システムと無線機器には非常に高い信頼性が要求される。また,従来の有線機器では困難な用途や新しいセンシングの用途としては,プラント状況やプロセス状態の詳細把握のための測定ポイント増設,回転体や移動体など配線が困難な場所の測定などに使われている。さらに,秒単位のリアルタイム通信と高信頼通信の特性を活かしてガス検知器や緊急遮断弁のような緊急性を要する用途にも導入されている。

クリティカル用無線ネットワークにより,生産プロセスデバイスと安全システムを直接運用する必要がある。 したがって,これらのネットワークは以下の特長を提供することが期待される。

・数秒更新のリアルタイム監視と制御

・無線通信の高い信頼性

・優れたセキュリティ

・長距離通信

・ 柔軟な無線トポロジー(冗長性,メッシュ/スター)

・既存の有線システムとの共存性

・典型的な産業環境内の耐環境性

・スケーラビリティ(センサ拡張性)

4.2ノンクリティカル業務向けの無線への要求

保全,環境,およびエネルギーの管理・監視用途のセンサや無線インフラは,運転・安全用途に用いられる無線インフラに要求される特性とは異なる。

ノンクリティカル業務では設備・環境の比較的長期的な変化傾向を捉えることが重要である。保全・環境用途では,運転・安全用途と比較すると無線機器や無線ネットワークの特性に関してそれほど高性能,高信頼性を要求されない。厳密なリアルタイム性は必要なく,数十秒~1日,用途によっては週単位の周期でデータが収集できればよい場合も多い。さらに,運転・安全用途に比べ,少々のデータ欠損では設備の保全業務に致命的な影響を与えない。つまり,通信の信頼性も運転・安全用途に求められるような高信頼な無線インフラを必要としない。

近年では,プラント運営を継続するため,保全方式の最適化が求められている。後継者不足や保全活動のアウトソースなどにより,スキル伝承ができず設備の状態把握が困難となる状況が発生している。

保全用のセンサはプラントの規模にも依存するが,回転機やタンク,配管など補機や設備の状態を監視するセンサのため,運転・安全用のセンサ数に比べ桁違いに多くなると想像できる。このため,たとえば,センサの使いやすさ,保全用無線インフラの構築方法,各保全用無線センサの設置方法,センサの動作監視やデータ収集方法など,センサ活用とメンテナンスの簡単さが極めて重要である。

したがって,ノンクリティカル用途の無線ネットワークには以下の特長が期待される。

・数キロメートルにわたる広範囲の無線通信領域

・多数測定点との接続,および拡張性

・長期間監視(リアルタイム値よりも長期データに焦点)

・設置簡易性・メンテナンス性(測定点あたり比較的低いコスト)

・クラウドやオンプレミスサーバなどの上位システムによるデータ共有,広域監視

・プラントの様々な場所に実装できる耐環境性

表1にそれぞれの要求の比較をまとめる。


表1 クリティカル/ノンクリティカル業務の要求の比較


5.最適な無線ネットワークの選定

上記でリスト化された要求に基づいて,無線ネットワークを論理的に分類する。コストと技術的な詳細は別として,決定的に重要な要素は,必要とされる測定の更新周期である。 クリティカル業務の運転用デバイスはリアルタイム性と迅速なアクションに関連付けられている。一方,ノンクリティカル業務のデバイスは多くの場合,はるかに長い周期で測定する傾向がある。それぞれの業務に要求された更新周期を実現するため必要な無線ネットワーク選定の重要なパラメータは,消費電力と通信距離であると考える。

図2に各無線ネットワークの消費電力と通信距離のバランス図を示す1)。


図2 無線ネットワークの消費電力と通信距離


消費電力と通信距離とを比較すると,工業用フィールド無線とLPWAネットワークがそれぞれのプラント業務の最適場所を占める理由を簡単に理解できる。

保全・環境に特化する場合は消費電力と通信距離を考慮し,LPWAの中でも,特に通信距離が数kmで優れた回折性により設置が容易なLoRaWANが合理的であると考える。一方,リアルタイム性を必要とする運転・安全に最適な工業用フィールド無線規格ISA100 Wirelessもバランスの取れた領域に存在することがわかる。

クリティカル業務(運転・安全)用無線ネットワークISA100 Wirelessをノンクリティカル業務(保全・環境)で使う方法はある。ただし,ISA100 Wirelessは無線通信の信頼性とリアルタイム性を確保するためきちんと設計できることを前提とした無線ネットワークである。このためユーザは通信品質を確保するための無線ネットワーク構築の見識が必要となる。設置の容易性の観点から,保全・環境に特化する場合は,ノンクリティカル用の無線ネットワークであるLoRaWANを使うことが合理的と考える。

ここで,記録計(レコーダ)の分野に注目してみる。レコーダは,様々な産業の生産現場や開発現場等において,クリティカル業務であるプロセスデータの収集・表示・記録(生産プロセスデータの証明用途)に使用される機器である。また,ノンクリティカル業務である設備状態の見える化・コスト削減(倉庫などの設備の分散測定・記録,設備の温湿度監視や,設備保全としてのエネルギー監視・記録)もターゲットとなる。このため記録計の無線への要求は,クリティカルおよびノンクリティカル業務の双方から出される。こうしたことから当社では,見通し1kmの長距離通信が実現できると同時に,比較的短い通信周期と要求される通信信頼性を確保できるバランスの取れた独自規格のLPWA無線を採用した。

当社が採用した運転・安全用,設備・環境用,記録計用に最適な3つの無線ネットワークISA100 Wireless,LoRaWAN,独自規格LPWAとその特長を示す。

1)運転・安全用無線「ISA100 Wireless」

・目的:プラントのリアルタイム運転状態監視

・関心:利益創出に直結する安全なプラント操業

・特長;

-ブラインドスポット削減によるプラント操業/設備のリアルタイム監視

-安全/設備のリアルタイム監視,緊急停止

2)保全・環境・エネルギー用無線「LoRaWAN」

・目的:広範囲に点在する設備の保全,傾向監視

・関心:設備保守点検のコスト削減

・特長;

-巡回監視の置き換えによる設備の傾向監視

-設備故障・停止回避のための予防保全

3)記録計(レコーダ)用無線「LPWA(独自規格)」

・目的:レコーダの分散測定

・関心:レコーダ用無線IOで設備状態の見える化・コスト削減,生産プロセスの証明

・特長:保管倉庫の温湿度,ドア開閉,エネルギー(電力量)の遠隔監視

表2に当社が採用したプラント業務に適用した無線ネットワークとその特長を示す。

 

表2 プラント業務に適用した無線ネットワーク


6.各無線ネットワークの実施例

以下にそれぞれの無線ネットワークの実施例を示す。

●「ISA100 フィールド無線」:運転業務の例

ISA100 フィールド無線はプラントのライフサイクルに渡り,導入時の設計通りの確定的なシステム性能を発揮することが可能である。

図3に鉄鋼プロセスにて数秒で高速更新する温度モニタの例を示す。


図3 ISA100 Wirelessによる鉄鋼プロセスでの高速更新温度モニタの例


●「Sushi Sensor」:設備監視の例

図4にSushi Sensorによるプラントに点在するモータなどの回転機設備の状態監視,およびAI機能による設備の異常兆候の早期検知の例を示す。


図4 「Sushi Sensor」による設備振動監視の例


●「SMART 920」:記録計の例

図5に無線レコーダ・データロガー「SMART 920」による保管倉庫ドアステータス・温度監視とエネルギー監視/記録の例を示す。


図5 「SMART 920」による設備・エネルギー監視の例


さらに,それぞれの無線ネットワークを組み合わせることにより,それぞれのネットワークの特長を補完した新たな可能性が広がる。

図6に示すように,ISA100フィールド無線とSMART 920の組み合わせにより,防爆エリアと非防爆エリアを組み合わせ広範囲ネットワーク構築の実現が可能となった。


図6 ISA100フィールド無線とSMART 920の組み合わせによる設備監視の例


7.今後の展開

今後,当社は,生産プロセスデータと設備データの横断的な分析を可能にする環境を確立する。これにより統合したデータをプラント全体の最適化に利用することができるようになる。

まず,ユーザの潜在的な課題を特定し,最適ソリューションの設計と実装,安全で安定した操業の実行,生産効率の維持と向上まで,ユーザの事業活動全体を分析することになる。そして,当社がこれまで培ってきたOT(Operation Technology:運転技術)の強みをベースに最新のIT(Information Technology:情報技術)を融合することで,生産プロセスの最適化,サプライチェーンを含むバリューチェーン全体での自動化・最適化,リスク低減,効率化などを実現していく。

 

図7に,当社が考える「OTとITを統合した YOKOGAWAのソリューション」を示す。OTから得られる生産プロセスデータはビジネスドメインナレッジを基盤として,ITから得られる設備データは IIoTデータとしてクラウド環境で融合され,プラントを超えた企業経営・ビジネス・人のあり方に変革をもたらす。これにより,ユーザの収益性と持続可能な成長に貢献する3)。




8.おわりに

デジタル技術の適用は,設備データと生産プロセスデータとの融合をもたらし,プラント価値をさらに向上させることができると確信している。クリティカル業務(運転・安全)に適した工業用フィールド無線規格およびノンクリティカル業務(保全・環境)に適したLPWA無線ネットワークは,相互の組み合わせで特に効果的に機能する。これは,この組み合わせが無線に対する幅広い要求をカバーするためである。

プラント全体で様々な無線ネットワークを用途に合わせて使い分けることで,クリティカル業務およびノンクリティカル業務に対応したプラント運用の包括的なバランスを実現する。ユーザはコストと性能の最適なバランスを取り,高度で効率的かつ安全なプラント運用を実現できる。

注)

*1)LPWA:Low-Power Wide-Area(低消費電力広域通信)

・Sushi Sensorは,横河電機㈱の登録商標である。

・LoRaは,Semtech Corporationの登録商標,LoRaWAN は商標である。

・そのほか,本文中で使用されている会社名,団体名,商品名およびロゴ等は,各社または各団体の登録商標または商標である。

〈参考文献〉

1)Shuji Yamamoto:inTech,“Advantage of two industrial wireless technologies; one for operations and one for infrastructure”, April, 2019

Striking a balance for plantwide wireless - ISA

2)山本周二:「IIoTを具現化する小型無線センサ」,『計測技術』,2018年1月号

3)北島昭郎,他:「センスメイキングを実現する IIoTソリューション“Sushi Sensor”」,『横河技報』, Vol.62,No.2(2019)

横河電機 杉崎隆之

ポータルサイトへ