生産現場におけるAI応用の視点と新たな可能性

【トレンド:AI応用ソリューション/システム】

多角的な分野における人工知能技術の提案 ~適用を経て行き付く先

1.人工知能は必須か,あればなお可か?

なぜ,今,製造という営みにおいて人工知能を必要とすることがあるのだろうか?

この質問の背景は,現時点でも曲がりなりにも「自社製品を作ることはできているし,ある程度の製品の品質も確保できた状態で,自社顧客へ提供を行うこともできている」という事実にある。そうであるならば,新たな機能を有するツールへの投資はリスク発生要因の一つであるため,人材投資などのその他分野への投資検討を進める方が理に適っているのではないだろうか?

実のところ,この書き出しの内容には大きな盲点が存在している。それは冒頭の問いかけとその後に続く説明内容は論点がずれているのである。詰まるところ,一つの事柄をどの領域まで眺望し,その主体が目的に直結しているかどうかということである。

上述の内容で推察すると,それは製造という領域での観点で製造効率の向上といったテーマであると仮説立てることができる。この仮説の裏付けとしては,現在の製品製造の品質が悪いわけではないにも関わらず,人員増加の話題もあることから,既存の設備による高効率製造の考察として洞察することができるからである。

一方で,冒頭の問いかけには人工知能を適用する背景が明確にされていない。そのため,以下に続く陳述が首を擡げることとなる。実に,この人工知能の適用の背景を考えると,

・日本を含む一部の国や地域における人口率の低下による労働力の低下

・市場需要の速度変化(高速変動)

・平時/有事(閑散期/繁盛期)に対応する柔軟な生産形態

・サプライチェーンの総合な管理責任

・物流/流通の多角化による消費者側の選択肢の拡大

といったマクロ市場の観点での傾向変化から発せられる企業課題が散見している(図1)。


図1 近年の業界におけるマクロ市場概略


冒頭の文章と上述箇条書きされた項目の1つを照らし合わせて考えるのであれば,市場に適切な人材がいなければ,その人材投資は新たな労働力獲得のために向けるものではなく,現在の従業員の能力強化のために充てる投資という銘柄になる。しかし,それを実行する別の側面として,多角的/深層的に知識を獲得した従業員が同企業内に従業し続ける比率といったものにも着目をせざるを得ない。

つまり,このような多角的/多層的な背景があるからこそ,製造という営みにおいて人工知能が必要なのである。

2.人工知能を含む近代技術適用における留意点

もちろん,弊社でも機械学習/深層学習を基盤とする人工知能の機能を用いた提案と提供を行っている。それは特定の産業や領域という区分ではなく,実に多種多様な分野で行っているというのが事実である。ただし,どのような分野や要件であっても留意する点がある。それは,人工知能を始めとして,このような近年技術を適用する範囲が部分最適化になってしまうかどうかの是非である。

たとえば,その製造工程として設備Aから設備Cまであると仮定する。その内の設備Bの改善を実施するにあたって,人工知能を含む新たな仕組みを導入することとする。その場合,この導入そのもの以外に注視すべき事柄の一つは,その前後工程である設備Aと設備Cの潜在的/将来的なボトルネック化ということである。これを継続的改善と呼ぶのであれば,確かにその通りなのだが,既に予見できる潜在的課題やリスクについては事前に解消した方が高効率であるというのも事実である。

さらに言うのであれば,機械学習/深層学習による人工知能の運用については,膨大な情報の精査と分析といった側面一つだけを考察したとしても,この技術は圧倒的に有利な状況を作り出すこともできる。たとえば,それを人手による処理時間を比較するのであれば歴然たる差が生まれる(図2)。


図2 人工知能を含む近年のデジタル技術とその可能性


つまり,情報の精査と分析といった行動を人手で行う際には内容と頻度,そして所要時間(作業に掛かる時間)の定義が肝要となり,かつ,その見極めを誤ると想定外の事象となり,追加対処策といったものが必要となってしまう。機械学習/深層学習による人工知能の運用は,頻度と内容の定義は同等に重要となるが,一方で所要時間といった観点については無視することができるケースが多い。これは結果として,この作業のための従業員という企業やものづくりにおいて貴重な資源の投入を抑制し,かつ,その各人の機会損失の防止をすることも可能である。

一方で人工知能における大きな関心事の一つとして,「精度」といったものが挙げられることがある。この精度といった言葉を同義語として捉えるのであれば,「誤り確率」ということになる。この誤り確率といった点だけを捉えるのであれば,人間を含む生き物であっても特定の誤り確率があり,それは実地を含む教育の積み重ねにより,許容できるレベルまでこの誤り確率を低減させることができる。

この積み重ね様式については人工知能も同様であり,かつ,良い教育情報(教師データ)を与えることで劇的に高い次元での精度を確保することができる。もちろん,現在の状況を教育情報として人工知能側に与え続けながら,さらなる進化といったことにも対応することが可能である。また,この教育の期間という側面においても前述と同様で,人間に与えるそれよりも圧倒的な速度感で吸収させることができる。

そのため,人工知能の運用において,唯一,追加で考えなければいけない点というものは「誤りを起こした場合」の責任の所在ということになることもある。なぜならば,人工知能が誤ったことをした際に,人工知能に「怒る」ことができないからである。ただし,この怒るという行動原理を原点回帰すると,これは「再発防止のための抑止力や改善対処の奨励」なのである。つまり,これは人であり,人工知能であり,同等であり,誤った状況を理解し,その部分についての追加学習を施すことで対処するということになる。

3.現場保守業務における人工知能活用可能性:「Fiix」

前章で「弊社でも多種多様な領域での人工知能を用いた提案」と表現している内の一つとして,「保守」という分野での例を紹介する。この保守という領域を選択した意図は2つある。1つ目としては,「必ず人が介在する業務」であるという点,2つ目としては,「製造現場と同等,またはそれ以上に多くの事柄が介在する」という観点から人工知能を用いた時の可能性といったものを弊社実績で検証するためである。

保守という業務において,管理すべき業務領域は大きく分類すると下記3つが該当する。

1)業務指図管理

各作業員の空き状況と業務指示の管理と共に,作業対応日,対応者,対処内容,作業完了後の状況を含む保守作業レポートの保持

2)設備資産管理

現在の設備状態や保全履歴,過去の不適合経歴といった製造現場の各設備の経歴書管理

3)部品/供給者管理

現在の保守部品の在庫量と同部品のCAP(上下限在庫量しきい値)の定義,部品供給者情報と供給履歴,使用履歴といった設備の保守部品に関わる管理

上述3つの情報を関連させることで,下記のような分析といった行動を実現することができる。

・保全トレーサビリティという観点での迅速な保全情報の取得

・工場/製品/ライン/設備/ユーザ単位でのリアルタイムでの測量解析

・監査対応と5W1Hでの全作業記録管理

では,このような情報分析という行動において,人工知能の技術を搭載することで対応できることを考えていくと,たとえば,下記のような事柄を迅速に実践することができる。

・現在の全設備状況から今後の設備稼働状況を推測し,今後の保全兆候を予測

・上記に際しての保全計画の立案と推奨

・同時に保守部品の在庫状況を確認し,必要に応じて追加発注推奨

・同時に適切な保守人員の配置計画の立案と推奨

上記の人工知能で対応できる項目は複数の部署や人員で賄っている企業がほとんどであり,この作業連携という点で考えるとメールや電話,SNS,特定のデータベースといったもので対応しているケースが散見している。しかし,これらのコミュニケーション手法やツールの運用といったものは人から人へ伝えていく方策であるため,若干ではあるものの「誤り確率」をさらに上昇させる可能性があるというのが実態である。

これらを総体的に1つのプラットフォームで運用することができ,かつ,上述人工知能の要素も有しているツールがある。

それが「Fiix」というツールであり,一般にはCMMS(Computerized Maintenance Management System:設備保全管理システム)に属性を持つ派生形のソフトウェアである(図3)。


図3 AIを活用したクラウドベース設備保全管理システム(CMMS):「Fiix」-保全進化論


このソフトウェアを通じて,下記のような効果が弊社の顧客実績として実現されている。

・10%の製造に関わる必要の削減

・44%以上の設備生産性,および保守グループの生産性向上

・10%の稼働費用の削減

・20%のMTTR(Mean Time To Repair:平均復旧時間)の改善

・73%の設備(装置)検査効率の上昇

・27%の想定外設備停止事象の削減

なお,本ソフトウェアに関しては,スマートフォン(AndroidやApple端末)を含め,機能の制約はあるもののフリーで提供されているバージョンもあるので,ご興味があれば,一度,試していただければと思う。

4.まとめ

今回は人工知能というテーマに沿って機械学習/深層学習によるソリューションを説明したが,一方で,これは技術であり,その属性として,製造活動という大きな枠の中ではツールとして位置付けられるものでしかない。つまり,何か課題や将来展望といったものが根っこにあり,その中での一つの選択肢として考察すべき事項なのである。そのため,もちろん,本質的に企業単位や工場単位,設備単位で1つ以上必須のものではない。

ただし,他方で近年の市場状況や労働力環境,需要傾向といった観点を垣間見ると,このような技術は製造活動における,いわゆる三種の神器となることは明らかである。また,既に活用している企業も増加しており,かつ,その効果を背景として,属する市場に対して積極的な自社製品の多角展開や価格戦略を行う企業もそれに比例して増えてきている。

このような各業界における変革の時期の最中,まずは各企業における本質的な課題と全部署共通認識の上での活動といったものが求められているのが今の近々の実情であると小生は考える。

ロックウェルオートメーションジャパン 吉田高志

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