生産現場におけるAI応用の視点と新たな可能性

【巻頭フォーカス】

運転員の操作を学習したAIによる 「オートパイロット」 -既存技術では解決が難しい工程を自動化

1.現場ニーズと開発の狙い

我が国のプラント操業を取り巻く環境は大きく変化してきている。生産においては,市場ニーズの多様化に伴い,より高付加価値・高機能製品への転換の必要性が増していることや,設備においては,プラント建設時と現在との操業条件が変わってきたことなどにより,プラント運転の難易度が上がってきている。たとえば,当初は自動制御で運転できていた箇所においても手動介入が発生し,さらにその頻度が増えるなど,運転員の業務負荷が増えているのが現状であり,課題となっている。

このような課題に対し,我々はまず,制御性改善策として制御パラメータのチューニングや,現状に合わせた制御方式への変更など,土台となっている従来技術での改善コンサルティングを行っている。しかしながら,既存の技術では解決が難しいプロセスが存在するのも実状であった。

NTTコミュニケーションズ(以下,NTTCom)と横河デジタル(以下,YOKOGAWA)は,これらの課題の解決,さらなる操業の効率化に向け,現場に蓄積されたプロセスデータと操作履歴データを最大限に活用することで,時間的,コスト的に効率良くAIモデルを作り,現場に適用することを目指してきた。そして,イミテーションラーニング(事前に与えたデータを用いて,他者を真似た行動ができるように学習する方法)を応用して,図1のコンセプトのもと,「AIプラント運転支援ソリューション」の共同開発に取り組んできた。


図1 「AIプラント運転支援ソリューション」のコンセプト


2021年6月より,稼働中の化学プラントにおいて実用性検証を行い,2022年4月よりガイダンス機能の提供を開始,その後引き続き,自動運転の実用性検証に発展させ,この程,2023年2月より日本で初めて*1),「オートパイロット(自動運転)」機能の提供開始に至った。

2.人の操作を学習したAIによるオートパイロット

オートパイロットを現場に導入する場合,まず,プロセスデータ(どんな状況で)と操作履歴(何をしたか)から,運転員の技能を学習したAI(オペレータデジタルツイン=運転員の技能を学習したAI)を構築する。その後,構築したAIにプロセスデータを入力すると,その状況でどのような運転をするべきか(推奨値)がAIにより逐次計算され,自動運転が実現される(図2)。


図2 オートパイロットの仕組み


2.1 オートパイロットの特徴

オートパイロットには,以下の特徴がある。

(1)容易に自動運転を導入可能

オートパイロット導入にあたり,シミュレータの開発は不要である。長い遅れ時間や閉ループ,複雑な化学反応等により既存制御技術を用いた自動運転が困難な箇所であっても,現場のプラント運転ノウハウ(どのタグをどの程度遡って確認しているかなど),プロセスデータ,操作履歴があれば,比較的容易に自動運転を導入できる。

(2)フェールセーフに基づく高い安全性

自動運転を現場に導入する際に,最も重要になるのが安全性の担保である。オートパイロット導入にあたって,AIの動作保証範囲を工場の担当者と決定する。AIは動作保証範囲においてのみ自動運転を行い,動作保証範囲から外れた場合は,運転員に即時通知すると共に,手動運転に切り替える。

動作保証範囲内に復帰した場合は,自動運転が再開可能になったことを運転員に伝え,運転員の判断のもと自動運転を再開する(図3)。


図3 フェールセーフの仕組み


導入状況を見ながら,AIの動作保証範囲を適切に調整することにより,安全性と広い動作範囲が両立される。

(3)自動再学習で状況変化に適応

AIを現場に導入する際に課題になるのが,状況変化への対応である。工場の運転状況は季節変化,経年劣化,定期修理,生産量や生産品の変更により絶えず変化している。状況変化によらず,正確な推奨値を算出するため,本ソリューションではAIを再学習する仕組みを設けている。過去のプロセスデータと操作履歴を蓄積しておき,今と似た状況で,過去に操作した際の履歴を検索し,毎分AIを更新することにより,過去に経験した状況であれば,状況変化によらず自動運転が可能である(図4)。


図4 状況変化への対応


(4)未知の状況への対応

AIは過去のデータから人の技能を学ぶため,未経験の状況になった場合には,正しく推奨値を計算することができない。そのような場合は,オートパイロットをオフにし,手動運転に切り替える。手動運転に切り替え,状況に応じた模範操作を人がAIに見せることにより,AIは未知な状況に対する操作方法を学び,再び正しく推奨値を計算できるようになる。人は技能を教える教師として,AIは技能を学び操作を実行する生徒として,互いに協働することにより,運転の省力化や運転の安定化が実現される(図5)。


図5 人とAIの協働


3.オートパイロットの現場への導入

オートパイロットを導入するにあたっては,プラントの種類や規模が異なるため,現場で収集されたプロセスデータ,操作履歴をお預かりし,現場のプラント運転ノウハウをヒアリングした上で,Webブラウザ上で効率的なAIモデル開発が可能なツールである「Node-AI」を用いて,制御対象ごとにAIモデルを開発する。

開発したAIモデルは,制御室内に設置するAIプラント運転支援システムにインストールされる。

AIプラント運転支援システムは,DCS(Distributed Control System)からプロセスデータが入力されると,AIにより算出された推奨値をDCSへ出力し,自動運転を行う。また,システム内では,AIモデルの再学習が毎分実施され,状況の変化に対応する。動作保証範囲から外れた場合は,運転員に即時通知すると共に手動運転に切り替える(図6)。


図6 システム構成


4.導入メリットと今後の課題,開発方針

4.1 オートパイロット運転の評価

稼働中の化学プラントにおける実用性検証では,手動運転時とオートパイロット時のプロセスの安定度を定量的に比較する評価を実施した。

評価項目は,①目標達成度の評価:ターゲットとするプロセスデータの目標値と実績値との誤差の平均,及び,②ばらつき(安定性)の評価:ターゲットとするプロセスデータの実績値の標準偏差とした。

また,検証の手順は下記のように従来の操業(手動運転)と,オートパイロット(自動運転)とを連続して行い,各々の時間帯で得られたデータで評価を行った。

↓従来の操業(手動運転):5日間

↓オートパイロット(自動運転):24時間

↓従来の操業(手動運転):6日間

評価の結果は,図7の通りである。


図7 実証運転の評価結果


評価結果の通り,運転員の業務負荷軽減と共に,プロセスの安定性の改善が認められた。これは,オートパイロット(自動運転)時における高頻度な自動操作がプロセスの安定化に貢献していると考えられる。

このように,プロセスがより安定化することにより,規格外製品や未反応物質の減少や,原材料コストおよびエネルギーコストの低減,CO2排出量の低減効果が期待されている。

4.2 現場ユーザの声

実用性検証を行う中で,運転員の方々,スタッフの方々の評価をいただいた。AIが提示する推奨値については,実際の運転員の操作と高い精度で一致しているとの評価を得た。また本ソリューションの有効性については,これまで運転員の手動操作でしか制御できていなかった部分が,自動運転になったことでプロセスが安定化したことに驚いた,との声もいただき,本ソリューションの有効性を確認している。

4.3 今後の課題,開発方針

次の項目の「5.導入までの流れ・ステップ1,2」で紹介している,適合性確認のフェーズ,モデル構築のフェーズがいかに効率的に行えるかが鍵となってくる。既述のように本ソリューションの特長の一つである「現場に蓄積されたプロセスデータと操作履歴データを最大限に活用することで,時間的,コスト的に効率良くAIモデルを作る」ことにより,多くの現場の課題解決に貢献できると考えている。

 

また,今回のオートパイロット機能の実績を増やしていく中で,現場からの要望が強い技能伝承支援機能についても検討を重ね,拡充をしていきたい。

5.導入までの流れ

最後に,導入までの流れを紹介したい。本ソリューションが適合するか技術的に確認するステップ,現場に一定期間設置し評価するステップなど,3つの導入ステップを準備している(図8)。


図8 導入までの流れ


●[ステップ1]:導入検証プログラム(無償)

・適合性確認

・モデル試作

ユーザのプラントに蓄積されたプロセスデータをお預かりし,分析とヒアリングの上,本ソリューションの適合性を確認する。

●[ステップ2]:運用開始プログラム

・モデル構築

・設置・運用開始(ガイダンス機能)

・サービス試用(オートパイロット機能)

ユーザのプラント向けにAIモデル構築行い,システムをユーザ側環境へ設置した上で,まずガイダンス機能,次にオートパイロット機能について,業務での実用性を確認する。

●[ステップ3]:サービス契約

・サービス利用

・継続的機能向上,保守

評価結果を基にユーザが導入を判断の上,本ソリューションの利用と保守・運用を開始する。

注)

*1)2023年1月 NTT Com調べ(化学プラントにおいて手動運転の模倣学習による自動運転が商用化されたものとして)

〈参考文献〉

1)高橋 洋:「制御技術とAI技術の連携 さらなるプラント操業改善へ」,『横河技報』,Vol. 63

2)NTTコミュニケーションズ:「化学プラントにおいて運転員のオペレーションを非常に高い精度で模倣するAIを開発」

NTTコミュニケーションズ 伊藤浩二
横河デジタル 高橋洋

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