転機に立つバッチプラント-製造/業務革新への新ソリューション

【ユーザの取り組み】

先進的AI活用によるバッチプロセス異常予兆検知

1.はじめに

産業保安における課題として,オペレータの高齢化,設備の高経年化/修繕費増加等の課題が挙げられており,課題解決のため,官民連携でのスマート保安推進の動きが加速している。これは日本全体の課題であるが,当社も同様の課題を抱えており,特にオペレータ高齢化の課題に対し,AI技術を活用したプラント運転監視の自動化および,異常予兆検知に注目し,活動を進めている。

2.当社の課題とターゲット設備の抽出

前述のオペレータ高齢化の課題に対応するためには,ベテランから若手への製造技術伝承を容易にし,現場力を向上させることが必要不可欠である。特に多品種バッチプロセスでは,品種/工程ごとに運転状態が頻繁に変わる等,監視ポイントが多く,経験や高度な監視技術が必要である。また,安全や品質を維持するため,製造現場は心理的負担が非常に大きい状態でプラント運転を行っている。このような状況の下,製造現場は技術伝承を行っているが,全てを網羅することは困難であり,これらをカバーするスマート技術の導入が望まれていた。

技術導入を進めるにあたり,当社マザー工場である和歌山工場の運転監視負荷を確認するため,各ケミカル生産設備の品種,設備数,監視オペレータの人数を調査した(図1)。


図1 生産設備の品種,設備数,監視オペレータの人数


縦軸が生産品種数,横軸が運転監視オペレータ1人当たりの設備数を表しており,右上に行くほど生産品種数が多く,運転監視オペレータ1人当たりの監視設備が多くなることを表している。各グループの比較より,Fグループが膨大な品種・運転パターンを持っており,またバッチプロセスのため,複数工程の同時監視が必要であることがわかった。

このように,突出して監視負荷が高いFグループをターゲットとし,AI技術でこれらの課題をカバーすることを目的に取り組みを開始した。

3.異常予兆検知導入の期待効果

ターゲットとしたFグループは,約30設備のほとんどが低引火点の危険物を使用し,さらには高圧ガス設備も含んでいる。また,1800パターンを超える膨大な運転監視が必要であり,それを僅か3名で行っている。このため,僅かな異常が災害に繋がるという大きなプレッシャーを抱えており,ストレス増大や異常発見遅れが懸念されていた。

このような背景の下,異常予兆検知導入による期待効果として以下の3点を挙げ,運転監視オペレータを支援する取り組みに着手した。

●[効果①]:バッチプロセスにおける信頼性の高い異常予兆検知を可能とし,業務負荷,ストレスを削減すること。

●[効果②]:ベテランから若手への製造技術伝承を容易にし,現場力を向上させること。

●[効果③]:AI協働運用の標準化による属人化解消ができること。

4.社内組織変革・プロジェクト体制によるシステム開発

図2に本取り組みのスケジュール,社内組織変革,プロジェクト体制を示す。当社では,2018年4月に発足した本社先端技術戦略室を中心に,異常予兆検知に関する調査を開始した。2020年6月に,社内5つの関連部門より,熱い想いを持つ実行メンバを選出し,メンバの想いを込めた「プロジェクトカナエ」を立ち上げ,システムベンダであるアズビル㈱も巻き込んでワンチームで進め,システムの運用を2020年12月より開始した。


図2 プロジェクトのスケジュール,社内組織変革,体制


なお,本活動は今年6年目となっており,引き続き継続して活動している。

5.異常予兆検知システム

異常予兆検知システム「BiG EYES」の概要について説明する。

BiG EYESは,過去の運転データを用いて機械学習を行い,異なる2つのアルゴリズムで監視モデルを構築することで,運転トレンドをリアルタイム監視し,従来のDCSアラームシステムよりも早期に「いつもと異なる動き」をオペレータに通知することが可能なシステムである。

アズビルが公開しているシステムの納入事例によると,連続プロセスへの適用事例が多く,バッチプロセスへの適用については当社が初めてとなった。当社は先行企業として,バッチプロセスでの異常予兆検知について,いち早く導入にチャレンジした。

6.異常予兆検知システム導入への課題

異常予兆検知システムの導入を進めるにあたり,システムに必要な要件を整理した。

一つ目の要件として,バッチプロセス専用アルゴリズムが必要であり,過去トレンド重ね合わせが解析に有効であることは当社でも知見があったが,トレンドの僅かな時間方向のズレを合わせる必要があった。

二つ目の要件として,製造現場が運用できる仕組みが必要である。膨大な運転パターンから適切なデータ選定を行い,製造部門で機能構築と運用維持が可能であることが要件となる。

これまでこれらの要件を満足する仕組みは見つからなかったが,2019年8月にバッチプロセス版のBiG EYESがリリースされた。このシステムでは,前述の要件を満たしつつ,これまで特に難しかった時間同期処理をオンラインで自動的に実施できるという大変画期的なものであった。

その他機能を含め,本システムが当社のバッチプロセスに最適と判断し,本格的に導入検討を進めることとした。

7.監視モデルの有効性について(異常予兆の早期発見検証)

BiG EYESの有効性を検証するため,過去に発生したべーパーライン閉塞による昇温時に製品が突沸するトラブルについて,アズビルと協働でPoC(概念実証)を実施した。

初めてのモデル構築であり,より早期に正確に予兆検知できるアルゴリズムや対象計器の選定,監視する工程の絞り込みをシミュレーション上で試行錯誤しながら比較検証した。ベテランのプロセス知見や,過去のトラブルシューティングとの整合性を確認しながら,関連部門,アズビルと連携して最も良い監視モデルを構築した。図3に結果を示す。


図3 異常予兆の早期発見検証結果


バッチ重ね合わせ監視モデルが時間同期処理により,リアルタイムで補正され,高精度に監視できることが確認できた。こちらの監視モデルに対して実測値が逸脱した際に評価値が大きくなり,アラームが発報される。この監視モデルによりオペレータの発見よりも約5時間前に異常を検知することができ,システムの有効性を確認することができた。

8.導入効果

8.1 [効果①]:バッチプロセスにおける信頼性の高い異常予兆検知

システム運用後の実績と効果について説明する。約1年で異常回避:5件,高圧ガス設備の保安力向上案件:1件の実績を挙げることができた。これらの事例のうち,2件を紹介する。

一つ目は,「ライン閉塞のため窒素流量が流れない」という品質異常回避の事例である。図4の窒素流量のデータにおいて,バッチ重ね合わせ監視モデルから大きく逸脱し異常予兆を検知したため,オペレータが早い段階でライン貫通作業を実施し,早期に正常状態に復旧できた。復旧が長引くと品質異常に繋がったと考えており,異常予兆検知により早期に回避できた事例である(元々DCSアラームがなかったが,本事例を受けてDCSアラーム追加)。


図4 品質異常回避の事例


二つ目は,高圧ガス設備反応槽における漏れ検知の事例である。図5に示すように,漏れがない場合,運転中の圧力は非線形重回帰監視モデルの推定線の間に入り,逸脱した場合,漏れ検知アラームを発報する。従来は月に1回生産を停止し,気密試験にて,漏れがないことを確認していたが,システム導入により毎バッチ漏れがないことを監視可能になり,さらなる保安力向上を実現できた。また,生産を止めての確認が不要となるため,新たな生産機会が創出され,生産性向上に繋げることができた。


図5 高圧ガス設備反応槽における漏れ検知事例


8.2 [効果②]:ベテランから若手への製造技術伝承・現場力向上

過去のトラブル実績,新たに異常が発生した際の運転データを基に,どの工程/計器を監視すれば予兆検知できるかを議論し,監視モデル作成を検討する。また,監視モデル精度向上のため工程を細分化し,監視モデルを増やすことや,計器データ/学習データ期間を見直すことが運用の中で有効である。

このような検討を,若手とベテランが協働で取り組むことで良い議論のサイクルが生まれ,製造技術伝承・現場力向上にも繋がっている。

8.3 [効果③]:AI協働運用の標準化による属人化解消

これまで,異常予兆を検知した際の早期に正常状態に戻すためのアクションや,モデルの運用維持方法については前例がなかった。このため,製造現場を中心に運用に必要な項目を抽出し,標準ワークフローを作成した。これによりAI運用が標準化され,今後の水平展開もスピーディに対応できると考えている。

このように,AIと人が協働する新たな現場オペレーション実現に向け,システムを継続的に使いこなす基盤の構築を進めている。

9.さらなる改善に繋がる機会の創出

BiG EYES導入により,運転監視オペレータの負荷・ストレスが軽減された結果,心理的余裕が生まれ,製造現場の本質業務である「安全・安定生産と供給責任」に向き合うことができるようになった。

その他の製造現場改善活動も含んだ改善実績となるが,①安全無災害達成,ヒヤリハット/改善提案の大幅な上昇といった労働安全性向上,②生産責任苦情ゼロといった品質安定化,③コスト・収益改善・省エネ提案に関する提案件数の大幅な上昇を実現することができた。

このように,前述の3つの期待効果に加えて,製造現場が改善に注力できる機会が新たに創出されることで,サスティナブルに安全・安定・安心な生産活動に繋がると考えている。

10.おわりに

これまでStep1として,バッチ反応プロセス,重要設備での有効性を確認した。今後Step2では,配合や精製プロセスへの拡大を推進し,Step3として,国内他工場,さらには海外グローバル展開を進めて行きたいと考えている。

展開推進にあたり,製造現場/技術部門の連携体制の構築や,ライセンス検討等の課題もあるが,関係者やアズビルと連携しながら積極的な展開を進めて行きたい。

本取り組みは,当社のみならず,他社とも連携しながら工業界全体のバッチプロセスのトラブル抑制に貢献することを目指し,引続き活動を継続していきたい。

注)「BiG EYES」は,アズビル㈱の商標である。

〈参考文献〉

1)木村大作,山縣謙一:「IoT時代のスマート設備管理を目指す操業ビッグデータを活用したオンライン異常予兆検知システムの開発」,『azbil Technical Review』,pp.9-15,2016年4月

2)鈴木毅洋,西口純也:「オペレーターの意思決定を支援するバッチプロセス向けオンライン異常予兆検知手法の開発」,『azbil Technical Review』,pp.14-20,2018年4月

花王 田村仁

ポータルサイトへ