工場/プラントにおけるAIの適応性とニーズ

【導入視点/事例】

化学企業の生産現場における プラントデータ活用の取り組み

1.はじめに

近年の急速なデジタル技術の発展に伴い,それらを活用して業務プロセスやビジネスモデルを変革し競争力向上を図る「デジタルトランスフォーメーション(DX)」1)が世界的潮流となっている。こと化学産業においては研究開発の効率化・高度化を目指したMI(Materials Informatics)の活用や,生産現場における生産性向上・保安高度化等を目指した「スマートファクトリー」2)の取り組みが進められている。

本稿では後者に関連して,当社生産現場におけるプラントデータ活用の取り組みについて述べる。

2.当社におけるスマートファクトリの取り組み

DXの取り組み全般において各種技術の活用はあくまで手段であり,肝心なのは何を目的とするかである。当社スマートファクトリの取り組みが目指すビジョンを図1に示す。


図1 当社のスマートファクトリが目指すビジョン


図2に示す通り,当社はスマートファクトリの取り組みを本社,工場,専門技術部署が連携して進めている。著者らはデータサイエンスの専門部署である「デジタル革新部」に所属し,生産部門,事業部門並びに研究開発部門を主な対象として課題解決の支援,人材育成,最新技術・ツール等の導入に携わっている。


図2 当社スマートファクトリの推進方法および体制


3.生産現場におけるデータ解析への期待と,現在までの取り組み

3.1 生産現場のAI活用への期待

学プラントは原理原則に従って制御されているが,依然として運転員のノウハウに依存する部分も残っている。それゆえ,我が国の労働力が減少するなか,国内工場においては生産性向上のため省力化,ノウハウの形式知化,操業最適化等を一層進めていく必要がある。

こうした生産現場における課題解決の主役は各工場の「プロセスエンジニア」である。主な業務は新製品導入,合理化,トラブルシューティング等であり,データ解析により実現したい主な効果としては

1)プロセス変数間の関係性の定量化と,それを活用した操業改善

2)設備・プロセス不具合の早期検知による機会損失低減

3)原単位等のKPIモニタリング,およびそれに基づいた工場の全体最適化

が挙げられる。

また,エンジニアと協力して日々の操業を担っている運転員の視点からは

4)プロセス挙動のモデル化と,それを活用した操業支援,自動化による省力化

5)運転ノウハウの形式知化による技術伝承の促進,若手の早期戦力化

6)プラントの運転状態モニタリング,適正状態からのずれ検知と原因究明

といった効果の実現が望まれている。

3.2 プラントデータ解析による現場課題解決の事例

述のように生産現場が期待する効果を実現するため,当社ではデジタル革新部を始めとする専門技術部署とプロセスエンジニアが協力して現場課題の解決に取り組んできた。以下に当社内での実例を挙げる。

(1)製品品質への影響因子探索(「3.1の1)」に対応)

ある製品の歩留まり改善のため,製造条件と品質指標の関係を表す機械学習モデルを構築し,従来関連性があると認識されていなかった因子を見出した。解析結果に基づき製造条件を見直したところ,歩留まりの変動を抑制すると共に,従来より高水準で安定化できた。

(2)品質予測モデルによる運転支援(図3)(「3.1の 5)」に対応)


図3 品質予測モデル(ソフトセンサ)による運転支援


ある製品の焼成炉では1hrごとの工程分析結果に基づき手動調整を行っていた。製造条件から品質変動を予測する機械学習モデル(ソフトセンサ)を構築し,予測結果と併せて調整ガイダンスを与えるシステムを構築した。当該システムの利用により実際に品質のバラツキが低減できた。

(3)データ同化による反応プロセスのリアルタイム最適化4)(「3.1の1),3),5)」に対応)

プラントデータとシミュレーションを連携させた事例である。一般的に反応器は触媒劣化等に合わせた運転調整が必要であるが,詳細な内部状態の適時把握は困難である。ある反応器の高精度シミュレータ(デジタルツイン)を実データに当てはめて現在状態を推定し,調整ガイダンスを与えるシステムを構築した。当該システムの利用により実際に原単位改善効果が得られた。

3.3 現場プラントデータ活用推進のための環境作り

上述のように現場課題解決に取り組んできたが,その中でデータ準備作業の煩雑さ,ならびにデータ解析技術を使いこなせる人材の不足が特に障壁となり得ることがわかっており,デジタル革新部として以下のような諸施策を講じている。

(1)データインフラの整備

プラントのセンサデータは自動的にヒストリアンへ蓄積されるが,解析に際しては一般的に適切な形式への変換,フィルタリング等の前処理が必要である。当社ではヒストリアンの分析機能等を活用して煩雑なデータ準備作業を自動化し,実際のデータ解析業務により多くの時間を割けるよう配慮している。また散在する様々な現場のデータ(工程分析値,記録書等)の電子化,共通データベースへの集約により,必要なデータを迅速に調達できるインフラの整備を進めている。

(2)人材育成

当社ではプラントデータ解析の取り組みを広く浸透させるため,プロセスエンジニアにデータ解析技術を身に着けてもらい,それをドメイン知識(各プラント固有の知見)と組み合わせ,現場が主体的に課題解決を進められるようにする「データ解析の民主化」を基本方針としている。

そのための人材育成策として,プロセスエンジニアに対してデータサイエンス教育「データエンジニア研修」を実施している(図4)。基礎的な知識・技能の習得から,自職場の課題を題材とした実践演習へと段階的に進むカリキュラムとしており,修了後も自立して取り組みを続けられる人材の育成を図っている。


図4 生産系データ解析人材育成の取り組み


4.プラントデータ解析技術の現場展開における注意点

プラントデータ解析は一般的に表1の「解析フェーズ」に沿って進めるが,各々のフェーズにおける注意点をまとめた。


表1 プラントデータ解析を進める際の注意点とその対応


「課題設定」においては達成したい効果とその評価方法,最終的な実装形態や運用方法,等を明確化しておくことが重要である。「前処理」「モデリング」においてはターゲットに適した方法で試行錯誤しながら解析を進める必要があり,上述のデータエンジニア研修等による知識・技能の習得と,デジタル革新部を中心としたサポートにより,現場が主体的にデータ解析を進めやすい体制作りに努めている。

そして「実装」「メンテナンス」段階では現場の関係者全てにとってわかりやすく,永続的に使える仕組みとすることが必要であり,表2に示すようにデータ形式の標準化,データベース間の連携,解析ツール・プラットフォームの導入,等の取り組みを進めている。


表2 「データ解析の民主化」の実現に向けた課題と対応する取り組み


5.プラントデータ解析活性化のための取り組み方針

当社生産現場において,データ解析による課題解決の取り組みをより一層活性化すべく,以下の観点を特に重視して取り組みを進めている。

5.1 データ分析の一層の民主化推進と,得られた知見の水平展開促進

上述のようにデータ活用に係る人材育成と課題解決支援,技術的ハードルを下げるための環境整備に取り組み,着実に成果が出始めている。一方で案件の数,各案件を通じた価値創出,ならびに得られた知見の水平展開に関してはまだまだ伸び代がある。課題発掘段階での支援を強化すること,ならびに工場・エンジニア間の情報交流を促すことで,データエンジニアを中心に現場が自律的に成果を上げ,それら成功体験を基に社内での水平展開が進み,多種多様な現場へ応用先が広がる好循環を生み出していきたいと考えている。

5.2 文章,画像等に代表される「非構造化データ」の活用

現在までに,主として「構造化データ」(センサデータ等,主に数値)の活用を推進してきた。一方で,現場が課題解決に取り組む際は数値データのみならず,「非構造化データ」と呼ばれる文章,画像等の様々な種類の情報を総合して意思決定を行っている。今後は「非構造化データ」からも有用な知見を引き出して課題解決に活かせるよう技術・ノウハウの獲得と現場適用を進めていきたいと考えている。

6.おわりに

本稿では当社生産現場におけるプラントデータ活用の取り組みについて述べた。社内各所でデータエンジニアを中心とした自立的取り組みが進みつつあるが,取り組みの定着化という意味ではまだ道半ばである。プラントデータ活用を一過性のブームとして終わらせないために,データ活用人材の育成と支援,並びにツール・インフラの整備は今後も継続して実施する必要のある施策と考えている。

今後ともデータ活用による成果創出の文化を社内に定着させるべく,ソリューションベンダ各社を始めとする諸方面との協働を進めつつ,社内関係各所ともより緊密に連携し,成果を上げるべく不断の取り組みを続けていきたい。

〈参考文献〉

1)『デジタルトランスフォーメーションを推進するためのガイドライン』,経済産業省(2018)

https://www.meti.go.jp/policy/it_policy/
dx/dx.html

2)『スマートファクトリーロードマップ』,経済産業省(2017)

https://www.chubu.meti.go.jp/b21jisedai/
report/smart_factory_roadmap/

3)「少子高齢化で労働力人口は4割減 労働力率引き上げの鍵を握る働き方改革」,『みずほインサイト』,みずほ総合研究所(2017)

https://www.mizuho-rt.co.jp/publication/mhri/research/pdf/
insight/pl170531.pdf

4)Suruvu Naganjaneyulu,Kazuya Ijichi,Satoru Hashizume(2022), “Real Time Optimization of series of fixed bed catalytic reactors”,14th International Symposium on Process Systems Engineering, pp.373-378, Elsevier

住友化学 大 野 卓 見/吉 田 英 昭

ポータルサイトへ