【スマートソリューション】
AI搭載レコーダ/ロガーで異常検知を容易に実現 -設備・品質予兆検知ソリューション
1.はじめに
産業用レコーダ・データロガーは,様々な産業の生産現場や開発現場等において,温度や電圧,流量,圧力等の各種プロセスデータを収集・表示・記録するための装置であり,横河電機は国内トップクラスのシェアを誇っている。
今回,ペーパレスレコーダ・データロガーのフラグシップ機である「SMARTDAC+ GX/GP/GMシリーズ」にAIを搭載して,レコーダ・ロガー本体で異常予兆検知を行う業界初の「設備・品質らくらく予兆検知」ソリューションを2022年5月にリリースした。
2.AIによる予兆検知を現場で手軽に実現
昨今,製造や開発の現場では,老朽化する設備,熟練担当者の引退に伴う技術伝承や少子化による労働人口の減少など,これまで以上に様々な課題に直面している。これら課題を解決すべく,近年,生産現場にAI技術を搭載した解析ソリューション等を活用することで,生産設備の予兆保全や高い製品品質の確保,生産性向上につなげる活動に注目が集まっている。一方,AI技術の導入には,長期の解析期間と高額な費用が必要なコンサルティングを前提としたサービスが多く,導入の障壁が高くなりがちである。
当社の「SMARTDAC+ 設備・品質らくらく予兆検知」は,AIの専門知識やコンサルティングを必要とせず,生産設備の劣化や製品品質の低下を捉える予兆検知機能を現場で簡単に利用できることが特長である。また,過去に記録した当社製または一部他社製のペーパレスレコーダのデータを,AIの学習データとして利用することができるため,短期間で運用開始することが可能である。
3.「SMARTDAC+ 設備・品質らくらく予兆検知」
SMARTDAC+ 設備・品質らくらく予兆検知は,専用の「設備・品質予兆検知ツール」と,「SMARTDAC+ GX/GP/GMシリーズ」から構成される。(図1)
3.1 設備・品質予兆検知ツール
設備・品質予兆検知ツールは,当社開発のAIエンジンを搭載しており,ペーパレスレコーダ・データロガーの記録データを用いて,「予兆検知モデル」または「プロファイル波形」を作成するためのソフトウェアである。
作成した「予兆検知モデル」または「プロファイル波形」は,SMARTDAC+ GX/GP/GM (リリースナンバ5以降)で読み込むことで,3.2節と3.3節で示す,「ヘルスモニタ機能」および「プロファイル機能」を利用することができる。
設備・品質予兆検知ツールは,クラウド版とオフライン版の2種類を用意した。クラウド版はソフトウェアをPCにインストールすることなく,作成したアカウントでWebブラウザから,いずれのPCからも手軽に利用することが可能である。オフライン版は1台のPCにソフトウェアをインストールし,PCがネットワークに接続されていなくても利用することができる。クラウド版/オフライン版ともに機能面での大きな差異はなく,ともに60日間の試用版を用意している (試用版では一部機能制限あり)。
(1)予兆検知モデルの作成
「予兆検知モデル」は,設備・品質予兆検知ツールにアップロードした複数の記録データ (学習データ)に対して,正常データなのか異常データなのかを仕分け (ラベリング)するだけで,ツールが自動でモデルを作成する。作成した「予兆検知モデル」はSMARTDAC+で読み込んで実際の装置で使用する前に,学習に使用していない記録データ (テストデータ)を用いて,モデルの判定精度 (モデルのでき栄え)を事前に検証することが可能である。
また,ツールにアップロード可能なデータは,当社製または一部他社製のペーパレスレコーダ・データロガーで記録したデータのみならず,ユーザが独自に作成したCSVフォーマットのデータを用いることも可能である。CSVフォーマットのデータは,ユーザが異常データを持っていない場合でも,ユーザ自身で異常データを作成するために活用できる。
(2)プロファイル波形の作成
「プロファイル波形 (プロセス値の上下限範囲を示す波形)」は,設備・品質予兆検知ツールにアップロードした複数の記録データから,ツールが自動で波形を作成する。また,「プロファイル波形」の自動作成後,ユーザが手動で波形の微調整をすることも可能である。
3.2 ヘルスモニタ機能
ヘルスモニタ機能は,装置や生産設備からSMARTDAC+が収集したプロセスデータの変化をAIが「予兆検知モデル」をもとに,良否判定(OKまたはNGの判定)を行う機能である。また,良否判定とともに,プロセスデータの正常・異常の度合いを示す「ヘルススコア」として数値で出力する。これにより,これまで熟練担当者しか感じとることのできなかった設備の劣化や製品品質の低下を現場で客観的に判断することができる。
「ヘルススコア」で常に状態を監視することで,必要と判断された時にメンテナンスを実施する状態基準保全(CBM:Condition Based Maintenance)を実現し,保全費用の最適化を図りつつ,予期せぬ製品品質の低下を未然に防ぐことが可能となる。(図2)
3.3 プロファイル機能
プロファイル機能は,バッチや連続プロセスにおける各プロセス値を「プロファイル波形」をもとにリアルタイムに監視し,範囲から逸脱した場合に警報を発報する機能である。これにより,全工程が終了する前に品質不良を早期検出してプロセスを中断し,不要な後工程を省くことで生産性向上を図ることが可能となる。また,バッチプロセスにおける最良の基準プロセス値(ゴールデンバッチ)をトレンド波形として表示し,現在のプロセス値と比較することも可能である。(図3)
4.適用事例
「設備・品質らくらく予兆検知」ソリューションは,開発時に加硫機・滅菌器・熱処理炉の3つの装置に対してPoC (Proof of Concept:概念実証)を行い,「ヘルスモニタ機能」のAI判定が有用であることを実証した。
4.1 加硫機アプリケーション
生ゴムのタイヤなどを金型内に入れ,熱と圧力を加えて優れた特性を持つタイヤの形状製品に仕上げる加硫機において,内部に取り付けられたパッキンの劣化等により圧力のリークが発生すると,ある段階で製品の品質不良が発生する。通常のしきい値警報では異常の兆候を捉えることは難しく,多くの製品ロットをむだにしてしまう。
PoCでは,加硫機の温度,圧力などのプロセス値から「予兆検知モデル」を作成し,バッチプロセスごとに記録データを「ヘルスモニタ機能」で判定した。
結果,パッキンの劣化に伴い圧力リークが増加するにつれて,ヘルススコアが低下することを確認した。ヘルススコアの推移をモニタすることで,製品品質に影響する前の適切な設備メンテナンスのタイミングを判断することができ,製品歩留まりの向上や事前のメンテナンス計画を立てることが可能となる。(図4)
4.2 滅菌器アプリケーション
医薬・食品業界などで高温高圧により対象物の滅菌処理を行う滅菌器において,滅菌後の真空引き工程で,バルブの緩みやパッキン劣化等により機器内部が目標の真空度まで到達できないと,製品の品質不良によるロットアウトが発生する。
PoCでは,滅菌器内部の温度,圧力などのプロセス値から「予兆検知モデル」を作成し,バッチプロセスごとに記録データを「ヘルスモニタ機能」で判定した。
結果,最終的に目標の真空度まで到達できないと装置が警報を発報するが,その前段階である真空到達までの時間が長くなるにつれて,ヘルススコアが低下することを確認した。条件設定が難しい装置の状態診断においても,ヘルススコアで装置の状態を簡単に数値化でき,客観的な指標に基づき必要と判断されたタイミングでメンテナンスを行うことで,製品のロットアウトを回避することができる。(図5)
4.3 熱処理炉アプリケーション
鋼などの金属を特定の温度で加熱・冷却することにより性質を改善させる熱処理炉において,バーナの劣化や炉の密閉性異常等により炉内温度が不安定になると,製品の品質に影響し,製造ロスが発生する。また,バーナなどの設備劣化が進行し故障すると,復旧に期間を要する場合があり,生産計画へ影響を及ぼす。
PoCではバッチ炉のほかに,コンベアなどの上に置いた対象物が炉内を連続的に移動する連続炉をターゲットとした。炉内温度,バルブ弁開度などのプロセス値から「予兆検知モデル」を作成し,これらのトレンドデータを一定周期ごとに「ヘルスモニタ機能」で判定した。
結果,炉の密閉性異常に伴い炉内温度のハンチングが増加するにつれて,ヘルススコアが低下することを確認した。ヘルススコアの低下に着目することで,警報が発生するよりも前に異常の予兆を捉えることが可能となり,品質不良の発生や設備故障による機会損失の低減が期待できる。(図6)
5.おわりに
本稿では,SMARTDAC+ ペーパレスレコーダ・データロガーにAIを搭載した「設備・品質らくらく予兆検知」ソリューションの概要と適用事例について紹介した。「プロファイル機能」は,様々なアプリケーションへの幅広い適用が想定できる。「ヘルスモニタ機能」は,開発時のPoCで加硫機・滅菌器・熱処理炉の3つの装置に対してAI判定の有用性を示したが,本製品に搭載したAIアルゴリズムは汎用性が高く,その他の装置にも十分に適用可能と考えている。
今後も長年にわたり当社が培ってきた実績,経験,知識を活かし,ユーザの課題解決に向けた,AI導入の第一歩として,製造や開発の現場で簡単に利用可能なAI製品を開発・提供していきたい。
注)本文中で使用されている会社名,団体名,商品名,およびロゴ等は,横河電機㈱,各社または各団体の登録商標または商標である。