【デジタルソリューション】
工場の信頼性向上につながる,回転機の潤滑油管理 -潤滑油内の金属摩耗粉モニタリングシステム
1.はじめに
各種生産工場において,潤滑油は様々な回転機で幅広く使用されている。この潤滑油は,ただ使用するだけでなく,管理を確実に実施しなければ,本来の性能を発揮できないばかりか,回転機設備トラブルによる生産ラインの停止など,生産活動に大きな影響を及ぼす可能性がある。
今回は,潤滑油の監視によって設備の突発故障を防止する技術と,その活用事例を説明する。
2.潤滑油とトライボロジー
トライボロジー(摩擦学tribology)とは,2つの物体が互いに滑り合うような相対運動を行った場合の相互作用を及ぼしあう接触面,およびそれに関連して起こる問題について取り扱う科学技術の一つである。
トライボロジーの基本的な無次元パラメータは,ゾンマーフェルト数S(=粘度×回転速度/圧力)とPV値(=圧力×速度)であり,速度以外のパラメータが決定されているとき,前者が流体潤滑を維持できる速度の下限を与え,後者が速度を上げていったときに材料が損傷し始める速度の上限を与えるもので,回転機の潤滑油管理の基本技術と非常に密接しているものである。
この潤滑油管理とトライボロジーを回転機設備管理に用いることで,ベアリングやギアなどの消耗部品に対する傾向管理が可能となる。
3.回転機のオイル状態監視システム-「WEARSCANNER(ウェアスキャナ)」
3.1 潤滑油の中の金属摩耗粉を管理する目的
オイルの管理は,目的に応じ様々な技術が確立されており,鉄粉濃度計測やフィルタによる計測は広く知られている。オイルの管理には,大きく分けると2つの目的があり,1つは,オイルそのものの潤滑性能が維持されているかの性質・性能の管理が挙げられる。もう1つは,オイルに混ざった金属摩耗粉や不純物などの混入物状態を把握管理し,オイルを使用している設備に何か異常が発生していないかを確認するものである。
金属摩耗粉などの不純物は,転がり軸受やギア歯面などの薄い潤滑膜を破壊し,潤滑不良による回転機設備の早期故障を発生させる可能性があるため,モニタリングによる傾向監視で,適切な対策を講じることにより,設備の延命にもつなげることができる。また,オイルが接液している消耗部品の状態監視,たとえば振動管理では評価が難しいとされている低速回転設備にも用いることができる。しかし,オイルの潤滑性能維持の目的と比べ,潤滑油の中の金属摩耗粉を計測管理することは回転機設備の管理手法としては,あまり浸透していないのが現状である。
3.2 測定原理
WEARSCANNERは,ベアリングや歯車装置(ギアボックス)などの動力伝達装置の潤滑油系統に組み込んで,潤滑油内の微小な金属摩耗粉の粒子数と大きさを測定し,振動管理では発見できない,回転機設備の初期段階損傷と破損を検出するモニタリングシステムである。(写真1)
WEARSCANNERは,渦電流を使用した測定方式(Eddy Current Testing)を採用している。センサ部は,1つの励磁コイルと2つの受信コイルにより構成されている。この励磁コイルにより磁界を発生させ,その磁界によりセンサ内に流れている潤滑油の中に,渦電流を誘導している。(図1)
センサ内を金属摩耗粉が通過すると,誘導されている渦電流に変化が生じる。それによって受信コイルに誘導されている信号の電圧振幅と,位相が変化するため,それらを信号処理して監視している。2つの受信コイルを活用することにより,非常に素早い応答が可能となっている。受信コイルにより検出された電圧振幅値から粒子径の大きさをクラス分けすることができるため,WEARSCANNERでは,単位時間あたりの粒子サイズならびに積算値を記録することができる。
3.3 特徴
従来,潤滑油内の金属摩耗粉監視は,摩耗粉以外の不純物や気泡なども検出してしまうため,難しい監視方法とされてきた。WEARSCANNERの特徴である渦電流は,潤滑油内に存在する金属摩耗粉のみを測定するため,流体の温度,粘度,不純物の含有量,気泡や色などの影響を受けず,正確な金属摩耗粉の測定が可能になる。
(1)広範囲なサイズを測定
ISO16232に定義された粒子サイズのうち,Class-E-Class-Kの広範囲な粒子サイズの測定が可能である(表1)。
(2)低速回転設備にも対応
潤滑油の中の金属摩耗粉を測定する原理であるため,前述の通り,振動測定では評価が困難な低速回転設備も監視可能である。
(3)オンライン・オフラインの選択が可能
LAN接続を利用した「オンライン監視」と本体に内蔵されたメモリ機能を活用した「オフライン監視」となるよう選択が可能である。
「オンライン監視」ではリアルタイムに傾向管理を行うことが可能となり(図2),サイズごとのしきい値を設定することで,しきい値を超えた場合にアラームを出力することもできる。
「オフライン監視」では,製品本体が有する64MBのメモリを活用し,データ保存ができる。記録保存されたデータはCSVファイル形式で収集可能であり,表計算ソフトを活用することで,様々な分析が実施できる。
また,「オンライン監視」,「オフライン監視」共に,セットアップが容易であり,本体を潤滑オイル循環ラインにインラインでセットするだけとなっている。
4.WEARSCANNERの活用事例
WEARSCANNERはその特徴を活かし,
・ギアボックスの摩耗・破損の監視
・ベアリングの摩耗・破損の監視
・各種装置金属部品の摩耗・破損の監視
などの用途で使用されており,回転機設備の故障を事前に予知し,計画的なメンテナンスを実施することで,設備の突発故障による生産機会損失が防止できている。
以下にWEARSCANNERを活用した具体例を記載する。
4.1 パワートレイン試験室(自動車/建機)
パワートレイン試験室では,装置の試験開始から終了までの間のギア・ベアリングなど消耗部品の耐久性と微細な負荷変動を把握したいニーズがあった。しかし,振動測定では微細な兆候は感知できず,かつ従来の金属摩耗粉測定では,粒子の大きさと量を正確に把握することが困難であった。
そこで,50μm以上の摩耗粒子の大きさと量の測定が可能なWEARSCANNERが採用された。結果,金属摩耗粉の大きさと量を正確に把握することが実現でき,試験設備の正確な耐久性評価が可能となった。
4.2 風車ナセル内ギアボックス(風力発電)
風車ナセル内のギアボックスの状態監視を行いたかったものの,風車が低速で回転するため振動管理で評価するのは困難であった。そこで,設備の回転数に依存せず状態監視が可能なWEARSCANNERが導入された。
粒子サイズを監視することで,ギアが突発停止する前の段階で異常が確認できるようになり,正確な予知保全が実現できた。さらに,「オンライン監視」を導入したことで,高所のナセルまで登らなくても,地上からリアルタイムで安全にモニタリングをすることが可能となった。
4.3 大型減速機・クラッチ(一般産業)
従来は突発故障防止の目的で,振動管理を行っていたが,作業者によって測定結果にバラツキがあることと,低速回転数であるため正確な評価ができず,突発故障が発生し生産機会損失が多発していた。そこで,設備の潤滑油循環ラインにWEARSCANNERを取り付け,破損頻度の高い,ギア,ベアリング,シャフトなどの摩耗粉や破損粒子状態を監視。しきい値を設定し,しきい値を超えた時点でアラームを出し,メンテナンスを実施するようにした。(図3)その結果,設備に異常があるまま,生産を継続させて事態が悪化することがなくなり,メンテナンスコストが削減した。また,人による測定で起こりやすい結果のバラツキがないばかりか,煩雑な解析も不要となり,簡単に精度の高い状態監視保全が実現できるようになった。
5.おわりに
今回は,潤滑油に混在する,金属摩耗粉などをモニタリングできるWEARSCANNERを紹介した。振動管理と比べ,回転設備の傾向管理への浸透は浅いものの,低速回転設備や異常の初期兆候を捉えるには有効であると判断している。
また,潤滑油監視は,生産に直接関わるのではないために,軽視しがちであるが,管理を怠ったがゆえに,設備トラブルへつながり,大きな生産機会損失を経験された顧客もいる。
工場の安定操業のためには,このような潤滑オイルのモニタリングや傾向管理を,生産管理の仕組みの一部として落とし込む必要があり,今回紹介した技術は,そのための有効なツールであると確信する。
本稿が,生産設備の信頼性向上と安全安定操業などの一助となれば幸いである。