計装ギャラリ「進化するプロセス計装機器」(第18回)

【プロセスセンサ】

高分解能高速形走査放射温度計~IoT対応による品質向上のための活用法~

1.はじめに

工業計測において温度管理は製品の品質を大きく左右する重要な項目である。放射温度計は高温の物体や移動物体を非接触で高速に測定できるため様々な用途で使用されている。多くのプロセスではスポットタイプの放射温度計で温度を測定し代表温度として管理することが一般的である。

しかし,鉄鋼業など巨大な材料の温度管理を行う場合は,代表温度1点で温度管理を行うと材料内の温度分布の程度により仕上がりに差が出てしまい品質を安定させることが難しい。対策としては複数台の放射温度計を使用して管理する方法や,放射温度計の測定位置を旋回雲台などで機械的に可動させ連続測定する方法がある。前者の場合は,設置台数が増えるため導入コストや管理コストがかかる。後者の場合は,全体の常時監視ができず測定できていない場所が発生する。

このような問題は,高分解能・高速で連続温度測定の弊社走査放射温度計「IR-NA」(写真1)を導入することにより解決できる。


写真1 走査放射温度計「IR-NA」外観


本稿では,走査放射温度計の概要と構成および適用事例について紹介する。

2.走査放射温度計の概要

2.1 測定原理

放射温度計は測定対象から放射される電磁波の強度(熱放射)を光電型や熱電型の検出素子で電気信号として受け取り,温度信号へ変換して出力している。熱放射を利用した非接触測定のため,遠隔からの測定や高速での測定が可能である。

走査放射温度計の内部ブロック図を図1に示す。走査放射温度計は横一列に複数個の検出素子が並んでいるリニアアレイセンサを使用し,測定対象の1軸方向の温度データを取得する。測定タイミングは,FPGA(演算用ロジックデバイス)から測定トリガー信号を入力することで同一タイミングでの1軸方向の温度パターン測定ができ,測定対象が移動している場合は連続取得することで二次元の温度分布のデータとして収集することができる。

2.2 走査放射温度計の特長

走査放射温度計IR-NAの主仕様を表1に示す。大きな特長としては4096画素という画素数の多さと150Hzの高速測定を兼ね備えており,高速で移動する測定対象の温度分布を高分解能で捉えるという点である。


表1 走査放射温度計主仕様


温度分布測定といえばサーモグラフィの適用も考えられる。サーモグラフィは画素数により価格差があるが,工業用途のサーモグラフィの画素数としては320×240画素程度の物が一般的である。測定対象が移動しない場合には温度分布をとらえる手段として非常に有効である。一方で鉄鋼の熱延鋼板のように測定対象が連続的に高速で移動している場合には,サーモグラフィは熱型の検出素子を使用しているため検出素子自体の応答が遅く,測定箇所の温度を平均化した状態(絵流れ)での測定となる。また水平方向の温度データとしては最大で320画素の温度データしか取得できない。

これに対して走査放射温度計IR-NAは,検出素子として光電型のリニアアレイセンサを使用している。鋼板の移動速度に対して十分な応答速度を兼ね備えており,測定トリガー信号の入力タイミングの温度を瞬時にとらえることができる。また画素数も4096画素と非常に多く,1軸方向の温度データ数はサーモグラフィに対して約13倍となり,高分解能な温度分布の計測が可能である。

例として走査角度(画角)25°,測定距離1mの条件で320画素のサーモグラフィとIR-NAでの1画素のサイズを比較すると,サーモグラフィは1画素当たりの視野サイズが2.92mmであるのに対しIR-NAは1画素当たりの視野サイズが0.23mm㎜となり,1軸方向の温度データを細かく測定することができる。IR-NAで走査角の狭い7°の仕様を選択した場合は,測定距離1mの条件で1画素当たりの視野サイズが最小0.03㎜となり,非常に細い線材や溶接部の温度測定に最適である。

また,走査放射温度計にはIR-NAのような電子走査式のほかに,ミラーを駆動させて測定する機械走査式の機種がある。電子走査式と機械走査式放射温度計の比較を表2に示す。


表2 走査方式による比較


電子走査式のIR-NAのメリットとしては,駆動部分がなく保守・メンテナンス性に優れ,位置分解能が良いため,鉄鋼の熱延ラインなどでの活用が期待できる。工業用としての電子走査式の走査放射温度計は国内メーカでは弊社のみ製造・販売しており,特長的なラインナップとなっている。

2.3 IoTへの対応

走査放射温度計は40年ほど前から工業用途で使用されてきた。当時は走査放射温度計から温度パターン信号と走査同期信号を専用の変換器に取り込みアナログ信号で処理を行い,指定した位置の温度を出力する使い方が一般的であった。20年ほど前からは専用の変換器の代わりにPCを処理部として使用し,演算処理の高度化が図られるようになったが,どちらも走査放射温度計のほかに変換器やPCの処理部が必要であった。

これに対しIR-NAは図2のWebサーバ機能を搭載し,設定した内容に対して演算を行い,イーサネットで結果を出力することでIR-NA単体での運用を実現した。


図2 Webサーバ機能


設定内容としては表3の通りである。鉄鋼などの鋼板の指定位置の温度を監視するような用途であれば,IR-NA単体での運用が可能である。一方,測定データの板情報の紐づけ管理や板の幅方向データと流れ方向データを任意の数で分割し,メッシュ状に温度管理を行うような高度なデータ処理の場合には,PCを使用するシステムの構築が必要となる。


表3 Webブラウザ設定項目


3.適用事例

走査放射温度計は鉄鋼業の製造ラインで多く使用されてきた。特に熱延ラインや鋼管製造ラインで多く使用され,製品の品質を管理する品質保証機器として運用されている。これらの用途について紹介する。

3.1 熱延エッジヒータ温度測定

製鉄会社の熱延ラインでは走査放射温度計が多く使用されている。設置場所としてはサイジングプレス装置入側,圧延機(粗・仕上),エッジ再加熱部(エッジヒーター),巻取工程などである。この中でエッジヒータ部については,特に細かい温度分布を重要視している。機器構成を図3に示す。


図3 エッジヒータ温度測定


加熱炉で加熱された鋼板は圧延機を通過するたびに徐々に薄く成型され温度が低下していく。特に鋼板の両エッジ部分は熱の逃げが大きく,中心位置に比べて温度が低下してしまい製品として仕上げることができず,不要部分として切断していた。しかし圧延ラインの途中にエッジ部分を再加熱する誘導加熱装置を設置することで,エッジ部分まで製品として仕上げることができるようになった。

この時にエッジの端部から100mm程度の温度分布が非常に重要であり,画素数が多く位置分解能の高い電子走査式のIR-NAが使用される。エッジヒータは入側と出側のエッジ部分の温度を測定し,加熱装置にフィードバックし制御を行うことで鋼板全体を均一な温度に保つ処理を行っている。

3.2 電縫管アニールライン

鋼板を連続的に丸く成型して溶接を行うことで製造する電縫管の製造ラインでも走査放射温度計が使用されている。図4に電縫管アニールラインでの構成図を示す。


図4 電縫管アニールライン


電縫管アニールラインでは走査放射温度計で溶接部の温度を測定する。この時左右にふれながら溶接されるため,スポットタイプの放射温度計では管理ができないことから走査放射温度計が用いられる。溶接後にアニールが必要な工程の場合は測定した位置情報をアニール装置に送り,装置を稼働させることで効率よく熱処理を行うことができる。

3.3 自動車部品熱間成型ライン

鉄鋼業のほかに,今後は自動車部品の熱間成型ラインにおいての適用が考えられる。図5のように熱間成型を行う際は加熱炉で加熱された鋼板をロボットで搬送してプレス成型を行う。搬送時に鋼板内の最低温度を測定し,しきい値以下の場合にはNG判定とし鋼板の再加熱を行う。走査放射温度計は搬送中に測定することで二次元データとして温度分布を測定することができる。


図5 自動車部品熱間成型ライン


現在は大気雰囲気の抵抗式の加熱炉で加熱を行っており,表面に十分な酸化被膜があるためサーモグラフィでも温度管理を行うことができている。しかし,今後省エネの観点から通電加熱や誘導加熱など短時間で昇温するプロセスでの加熱の場合には,酸化被膜が薄く,表面状態が安定しないことが考えられるためサーモグラフィでの管理が難しくなる。

走査放射温度計IR-NAはサーモグラフィと比較して,原理的に表面状態の変化よる放射率の変動の影響を受けにくいため,温度管理を厳格に行うことができ品質向上のニーズに対応できる。

4.おわりに

走査放射温度計は長年多くの製鉄会社で使用されてきた。今までの機器は,現場の走査放射温度計から電気室の変換器へアナログで温度パターン信号とトリガー信号を伝送する構成であった。問題があった時に保全担当が機器の信号を確認することで故障個所の切り分けを行うことができるため,現場ではそのような機器が望まれる傾向があった。しかし昨今のDXの動きの中で放射温度計の役割にも変化が現れ,システムに組み込みやすいデジタル機器が求められるようになった。

一方で温度計測に対しても,今までスポットタイプで1点の温度監視を行っていたものに対して温度分布を測定したいという要望も増えている。そのような要望に応えるためにも,今後は低温から測定できる製品ラインナップの開発を進めている。また機器の小型化など装置組込みを見据えた開発を視野に入れている。

弊社は温度計測のエキスパートとして放射温度計のみならず熱画像計測装置および接触式の温度センサも取り扱っている。今後も新たな製品開発とともに,総合的な温度計測ソリューションを提供し続ける。

チノー 澤田浩一

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