製造 DX が拓く革新工場の近未来像~ベンダ編

【巻頭フォーカス】

生産現場からみたDX導入の考え方と着眼点

1.製造業におけるデジタル化変革の現状

1.1 はじめに

ここ数年,もの作り製造業界においてIoT(モノのインターネット)・Big Data・AI(人工知能)・クラウド・ドローン等の様々なデジタル技術の導入が脚光を浴び,デジタルトランスフォーメーション(DX)促進の流れになっている。今回の最新デジタル技術がもたらす変革(DX)は,これまでのIT化による変化よりも,”影響する範囲”が遙かに広くかつ深い。

本稿ではDXをもたらす最新デジタル技術,また今後の予想されるデジタル化の方向性について説明する。

1.2 プロセス(連続)系とディスクリート系での製造マネジメントでの違い

もの作りの製造工程における特性の違いから,生産現場は大きく2つに分けられる。石油ガス化学や電力プラント等での『プロセス(連続)系』と,食品・医薬・自動車等のバッチ生産での『ディスクリート系』である。(図1)


図 1 プロセス系とディスクリート系での製造マネジメントの違い


この両者において,『リアルな現場<製造>』と『仮想プラント(デジタルツイン)<生産計画/経営>』の隙間を埋めることができてないことが共通課題である。ここを最新デジタル技術で埋めることが,まさに我が国のSociety5.0が目指している『リアルと仮想デジタルを繋ぐ』ということである。

1.3 石油・化学プラントでの現状課題とデジタル化

石油・化学プラント業界では,HART通信やフィールドバスの登場により莫大なセンサデータ(特に保全系,スマートポジショナなど) が入手可能になったが,しかしそれらの効果的な本格活用は今後の課題である。

一方,保安に関しては,特にプラント設備の高経年化やベテラン人材の不足への対策として,経済産業省が旗を振り,業界全体での『保安エコシステム』の構築を目指して推進を行ってきた。主な施策として,2017年4月にスーパー認定事業者等の新認定事業者制度が創設された。さらに昨年,新たに『スマート保安官民協議会』が発足されアクションプランが策定された。“スマート保安を実現したプラントの将来”が示され,進捗を示す共通なテンプレートが作成されたことが画期的であり,今後のプラント業界でのDX推進に繋がるものと考える。(図2)


図 2 スマート保安を実現したプラントの将来


1.4 バッチ型生産工場での課題と次世代スマート工場

食品・医薬・自動車等のバッチ型生産工場では,次世代スマート工場を目指すべく,MES(製造実行システム)やMOM(製造オペレーション管理)の導入への模索が続いている。品質・コスト・納期・人材・在庫等々の『製造マネジメント業務』は今も人手によりこなされており,また本社の生産計画と,生産現場の間を“繋ぐ“重要な役割をも人が担っている。

しかし欧州では,ISA95でのレベル2~3に当たる『製造マネジメント業務』へMESやMOM等の最新システム導入が進んでおり,日本の製造業界は大きく立ち遅れている。さらにドイツではIndustry4.0の次として,Digital Ecosystemを理念としてGAIA-Xの導入を進めている。GAIA-Xは組織の境界を越えたデータ交換を容易にし,インタフェース・ID管理・会計システムなどのコンポーネントは全て共通化されることになる。

我が国では,エンジニアリング協会に次世代スマート工場研究会が設立され,製造業での中央管制のあり方を検討し取りまとめ,さらに業界でのMES/MOM導入促進を推進している。

1.5 我が国の製造現場でDXが進まない理由

我が国における『連続系』と『ディスクリート系』の両製造現場で,(MES/MOM導入もDXの一部と捉えて),デジタル化が遅々として進まない主要な理由は以下の通りと考えられる。

1)経営レベルの認識

・欧州での経営戦略は,DXにより製造工場をコストセンタからプロフィットセンタに変えること。

・ここが日本との最も大きな違いである。

2)次世代の姿を描く『アーキテクト人財』の不足

・デジタル化で外部環境や働き方がどう変わるか?を想像でき,DXロードマップを策定できる人財不足。

3)デジタル・リソース育成課題のみならずReskill/Upskillの課題解決

・余力人財の業務転換支援をDX化と同時に進めないと,結局DXは進まない。

・欧米ではデジタル化に伴うReskill/Upskill課題として注目している。

4)最新デジタル技術への正しい理解

・製造現場でMESやデジタル技術についてよく理解することがまず不可欠である。

・弊社が取り組むAI・IoT・データプラットフォーム等のデジタル技術は,まさに製造業でのDXへ必須でありご紹介する。

2.プラントへのAI・IoT・デジタル技術の活用

2.1 AI活用のために必須なエンジニアリング技術

AIにプラント運転の学習をさせるために必須な技術とは,弊社におけるプラント設計・調達・建設工事での総合エンジニアリング技術と,様々な高度解析技術の両方である。なお,高度解析技術とは材料疲労や腐食の解析技術,プロセス・ダイナミックシミュレーション,配管内や反応器内でのプロセス挙動の解析技術,またセンシング診断技術である。

ここに最新のAI・IoT・デジタル技術を融合することで,プラント状態を新たに『見える化』や『数値化』することが可能になり,『予測』や『最適化』までも可能になってきたのである。

2.2 AI活用によるプラント生産性向上

図3は製造業の生産性向上のためのマネジメント手法として使われる図だが,この図に示される様々なロスが最新のAIやデジタル技術にて軽減され,稼働率の向上がもたらされることを説明する。


図 3 プラント操業でのロス削減


“定修ロス”は,定修作業が計画期間を超えたことによるロスである。これは,たとえば3Dモデル最大活用でロス軽減を行うことが可能である。“停止ロス”は,コンプレッサ等などの機器故障や立ち上げ時のロスである。機器異常AI予測やスタートアップ時のAI支援でロスの軽減が可能である。“性能ロス”は,運転モードの切替時などでのロスである。このロスを最小限にすべく,たとえば弊社は「EFEXIS」*1)AIで『油種切替AIシステム(CDU Optima)』を開発した。

“不良ロス” とは検査オフスペック時のやり直しや余裕代(よゆうしろ)でのロスであり,AI技術活用により最小限にすることが可能である。

2.3 AIとシミュレータの連携および「EFEXIS」AI

弊社はプラントにおけるDX推進において,新たなAI技術の一つである深層学習(ディープラーニング)が重要となると考えて開発&活用を進めてきた。特にAIとシミュレータとの連携技術を開発したが,プラント業界に多大な貢献ができると考えている。プラント実運転データのみならず,プロセス・ダイナミクス・シミュレータからの計算結果をも用いてAI学習させるというものである。

シミュレータをAI学習に適用すると,通常のプラントではこれまで試したことのない運転ケースでの学習データもつくり出すことができ,非常に幅広い運転パターンをAIが学習できる。さらに実運転データもAI学習に加えることで,高精度でのAI予測や最適化が可能となる。

弊社ではこれらを「EFEXIS」AIとして製造業向けに提供している。(図4)


図 4 「EFEXIS」ソリューション


2.4 センサフュージョン技術

『センサフュージョン』技術とは,ベテランオペレータの五感に置き換わる複数センサからのデータを融合して認知を行うというセンシング技術である。センシングの例としては,たとえば回転機の軸受け周りでのアコースティック・エミッション(AE)技術を活用した寿命診断等を行っている。この軸受けのIoTセンサでの寿命の見える化などのオンラインモニタリングを新たに行うことで,これからのプラント保全の仕方自体が変わってくるものと考える。

30~40年前には高価であったプラント計測トランスミッタの価格が,現在は格段に安価になっている。最新IoTセンサに関しても,もうすぐ同様なことが起きると予想している。

このIoTセンサの低価格化が進むと,今後,国内プラント業界でもセンサ周りで,サブスクリプション式でのサービス推進の加速をも進めるものとなり,プラント業界におけるDXを引き起こす様々な動きの一つとなるのではないかと考えている。

3.仮想プラント(デジタルツイン/CPS)およびロボティクス

3.1 3D保安高度化プラットフォーム

弊社は,2017年度および2018年度に,国内製油所の協力の元,NEDO委託事業を推進し,3D保安高度化プラットフォームを構築した。3D CADプラントモデル上に全ての機器・配管・計器番号や検査箇所番号などを明示し,保全・検査・機器図面などの既設データ管理システムと連携することで,プラントデータ統合を実証した。

当時は,まず3D CADモデルを軸にしたデータ統合連携を進めて行く考えであった。しかし,全プラントへの展開を現実的に行うべく,3D CADモデルがなくともプラントデータを統合可能とする,仮想プラント(デジタルツイン/CPS)を構築できる技術が必要となってきた。(図5)


図 5 3D保安高度化プラットフォーム(NEDO 委託事業)


3.2 「Mirai Fusion」

上記の流れを踏まえ,現在,弊社ではプラント向けデジタルプラットフォームソリューションである「Mirai Fusion」の提供を行っている。 Mirai FusionはプラントDXの全体構想・データ統合・アプリケーションの開発・提供までを網羅したサービスであり,データ統合プラットフォームとして,Cognite社の「Cognite Data Fusion」(以下,CDF)を採用している。

CDFは,既にプラントで利用されている様々なOT&ITデータソースとの連携を容易にするためのコンテキスト化機能を持つことが最大の特徴である。従来,運転・保全部門等で微妙に異なる機器・設備名称がデータ統合の最大の障壁となっていたが,コンテキスト化機能を活用することで,その課題は一気に解消する。

『プロセス系』の石油化学ガス業界から『ディスクリート系』での食品・医薬・自動車等の製造工場向けまで,広く展開していきたい。また弊社のEFEXISでのAI等のデジタルソリューションは,CDF上でシームレスに稼働し,プラントや製造工場での操業・稼働率改善,O&M強化,技術伝承などの課題解決に貢献するものである。(図6)


図 6 プラント向けデジタルプラットフォームソリューション「Mirai Fusion」


3.3 デジタルツイン環境下でのプラントにおけるロボティクス活用の可能性

プラント操業(運転・保全)では,日々の巡回点検での監視業務が,現場作業時間の大半を占めるであろう。その恒常的な監視作業に加え,プロセスの漏洩や火災などの緊急時に現場に急行して対応を行うという,デュアルユース仕様によるプラントでのロボティクス活用が期待されている。

よって弊社は京都大学・松野研究室とプラントでのロボティクス活用での共同研究を進めてきた。京大松野研が誇るレスキューロボットをプラントで活用する検討を経て,将来に向けて以下の3つの課題テーマがある。

・ロボット本体のハードおよび操作コントロール

・(ロボットに搭載する)センシング技術

・(ロボティクス活用のための)仮想デジタル環境

近い将来,仮想プラント(デジタルツイン)が構築されたプラント環境下で,センサフュージョン技術を搭載したロボットが,AIからの指示を得て,ベテランオペレータに代わって,自律巡回監視や緊急時レスキュー対応を行うようになるであろう。

3.4 プラントにおける長年の課題からのDXでの脱却

多くのプラントは老朽化しており,新規投資でのデジタル化によるハード増設,つまりIoTセンサの新設などは到底できないというプラント事業者の声が多い。老朽化したプラントでは,いつ,どこで,どのようなトラブルが起こるか?はわからず,全ての箇所に新規IoTセンサを設置することは困難だからである。

しかし,たとえば高度なセンサを搭載し,仮想プラント(デジタルツイン)上のAIにより操作されるロボットがプラント内を常に動き回ることで,従来の『固定されたハード』から『移動するハード,つまりソフト化』へと,プラント業界においても考え方が根底から大きく変わっていくであろう。プラント事業者側としては,新規センサやシステム等でのハード購入&更新時の多大なコストや定修工事計画での悩みがなくなるという新たな時代を迎える。

4.おわりに

図7は,様々なデジタル技術を活用した次世代のプラント操業の姿はどのようなものになるのかの全体像を示している。プラント内でのDX推進のみならず,プラント事業者は下請け業者,各ベンダ,また官庁等の関連ステークホルダとデジタルでの深いデータ相互連携が一層進むであろう。さらに,こうしたDX化が行われた企業グループ同士での新たなデジタルビジネスが醸成される流れとなり,次世代のDigital Ecosystemが生まれてくるものと予想している。


図 7 仮想プラント(デジタルツイン)による次世代プラント操業の姿


注)

*1)EFEXISは千代田化工建設㈱の登録商標である。



千代田化工建設 井 川 玄/佐々木 美 春

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